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開発&コンサルティング

第78回 ムダな業務の典型「出張旅費清算」について

ムダな業務の典型である「出張旅費清算」を未だに行っている一部上場企業があった。しかも、このムダな業務にわざわざ金を時間と労力をかけてシステム化し、それによって業務効率化ができたことを自慢げに話すのを聞いた。

その話の内容を要約すると、まず、この業務にかかっている業務コストを計算すると、1件当たり平均3,400円になっていることを突き止めたそうだ。さすがに一部上場企業である。ほとんどの企業は出張旅費精算の業務コストは計算できないであろう。その後、このシステムを運用することによって、1,600円にまでコストダウンできたそうだ。

つまり、業務コストが1件当たり3,400円マイナス1,600円で1,800円のコストダウンになったと言う。一方、システム構築のためにかかった投資金額は約1千万円であるという。そうすると、全社で出張旅費清算が年間1万件ぐらいなので、1,800万円のコストダウンになるから、投資1千万円と比較すると800万円のプラスになると言う。よって、運用1年で投資の元を取ったと自慢している。

それで、出張旅費の計算ミスあるいは不正による損失がどの程度あるかと言うと、1件当たり数百円程度であると言う。よって、年間1万件とすると数百万円ぐらいであると言う。私は馬鹿じゃないのと言いたくなった。年間数百万円の損失を防止するために、1千万円を投資し、業務コストを年間1600万円かけ、そのうえシステムの運用コストもかけている。

どうしてこんな馬鹿なことを未だに行っているのであろうか? それは従業員のミス防止、不正防止のためである。従業員の小さなミスや不正をどうしても許せないのである。尻の穴が小さい経営者なのである。

さて、今から30年以上前、筆者がコンサルタントに成り立てのころ、ある一部上場企業が出張旅費清算の業務を全面的に廃止することを決定した。その理由は、ミスや不正による損失コストより防止コストの方がはるかに高いことがわかったからである。

では具体的にどのようにして出張旅費の支払いを行うのか。まず交通費についてであるが、例えば、新幹線を使う場合、普通乗車料金の他に役員にはグリーン席料金を支給し、役員以外には指定席料金を支給する。ローカル線やバス料金は別途交通費手当を支給する。ちなみに、交通費手当はプリペイドカードを支給することもある。

タクシーを使った場合には領収書と引き換えに現金で支払う。ホテル代については役員は1泊◯万円、部課長は1泊◯万円、一般従業員には1泊◯万円などと予め決めた金額を支給する。不足分は出張手当の中から各自で負担する、というものである。つまり、交通費にしろ、ホテル代にしろ予め支給される金額が決まっているので、出張する前に支給し、清算はしないのである。清算するのはタクシー代だけである。もちろん、出張から帰ってから支給する場合もあるが支給する金額は変わらない。

問題は過不足分である。従業員の計算ミスや不正をチェックする出張旅費清算業務を廃止したことにより、どういう問題が生じるか。当然、ミスや不正が発生することが予想される。しかし、その心配はない。まず、交通費であるが、新幹線を使わずに飛行機や自分の車で行った場合でも清算はしない。よって、車で行って旅費を浮かし飲食代に当てる者がいる。

しかし、それでも一向にかまわない。本人の勝手である。ローカル線やバスを使う場合、支給される手当では不足する場合も、逆に多い場合も清算はしない。プリペイドカードを支給する場合、休日に私用で使おうとする者がいる。しかし、休日には使えないように金曜日の退社時にはカードを会社に置いて帰宅することを義務付ける。

また、1日の仕事が終了した後に、プリペイドカードを使って少し足を伸ばし温泉に行って翌朝出勤する者がいる。さらに、昼間から堂々と温泉に行く営業員もいる。それでもかまわない。仕事さえきちんとすれば問題はない。元々営業員は裁量労働制をとっているからである。当然、この場合には、ホテル代は自分で支払う。

出張の際のホテル代については、一般従業員の場合には1万円が支給されているが、仮に8千円のホテルに泊まっても清算しないので2千円は自分のものになる。また逆に、1万2千円のホテルに泊まった場合は2千円は自腹ということになる。

さて、このように過不足分を自己負担にした場合、別の問題が生じる。それは税金である。税務署では不足分については不問であるが、過分に支払った分については給料とみなして所得税を取ると言ったらしい。税務署らしい実に勝手な言い分である。

そこで、こちらも反論したそうだ。たとえチェック業務をきちんと行ったとしても、実際にいくら使ったかは本人にしかわからない。つまり、過分に支払ったかどうか、また、いくら過分だったかは本人にしかわからない。なぜなら、交通費についてはそもそも領収証がないから確認できないし、宿泊費については出張先がたまたま昔住んでいた場所であったり、その場所に近かったりすると、実家や親類・縁者、友人・知人宅などに宿泊する者がいるからだ。

そこで、会社としてはムダなチェック業務を廃止し、その分の業務コストを削減し、少しでも利益を増やし、その結果、少しでも税金を多く支払うようにした。それでも、過分に支払った分について課税するというのであれば、やってみるがいい。「できるものならやってみろ」と言ってやったそうだ。

そもそも、企業会計原則の中に重要性の原則というものがある。企業会計は定められた会計処理の方法に従って正確な計算を行うべきものであるが、企業会計が目的とするところは、企業の財務内容を明らかにし企業の状況に関する利害関係者の判断を誤らせないようにすることにあるから、重要性の乏しいものについては本来の厳密な会計処理によらないで他の簡便な方法によることも正規の簿記の原則に従った処理として認められる、というものである。

この企業会計原則に基づき重要性の乏しいものを簡便な方法で処理したのであるから、問題なかろうと反論したそうだ。この反論によって税務署も黙ってしまったという。

昨今、コンプライアンス(法令順守)として内部統制を強化する動きがある。来年から内部統制に関する日本版SOX法が施行されることになったからである。本来は経営者の不正防止が目的の法律である。しかし、このために従業員に対するチェックが厳しくなっている。これによって従業員の労働意欲をなくし、その結果、業績が悪化したのでは元も子もない。従業員満足を図り、その結果として顧客満足をもたらし、業績が向上するのである。このことを忘れ、従業員の些細なミスや不正を防止するためチェック業務を強化するようなことは決して行うべきではない。

さて、筆者は30年以上前から一部上場企業などの業務効率化・業務改革のコンサルティングを行っているが、筆者がコンサルティングした会社では出張旅費清算は行っていない。その他の業務に関してもムダな業務がたくさんある。多くの先進的な企業から学んだ筆者の考え方、進め方については、「業務効率化・業務改革」のコーナーに詳しく書いてありますので参照ください。

Ⓒ 開発コンサルティング

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