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第5回 涸沢の紅葉を追って

日本一の紅葉の名所と言えば、北アルプスの涸沢であろう。紅葉が最も美しくなる条件が、涸沢ほど整っている所は、他にないと思われるからである。

条件その1は、急激な温度変化である。標高の高い山岳地域ほど、温度変化が激しいのはどなたでもご存じだろう。

条件その2は、赤く染まるモミジやナナカマドが多いことである。ダケカンバなどの黄色も美しいが、紅葉というからには、紅色がなくてはならない。涸沢は登山道に沿って、モミジやナナカマドが非常に多い。その種が、多くの登山者の衣服について、運ばれたからかも知れない。

条件その3は、周囲の景色が美しいことである。紅葉は美しい景色があってこそだ。涸沢は言うまでもなく、美しい穂高連邦にぐるりと囲まれている。紅葉だけを比較すれば、槍沢の方が美しいと思うが、残念ながらヘリからでも見ない限り、槍ヶ岳の勇姿とともに、槍沢の広大な美しい紅葉を見ることはできない。

涸沢の紅葉が最も美しくなるのは、モミジやナナカマドが真っ赤に染まるとともに、穂高の山頂が雪化粧をしたときである。空の青を加えて、青、白、赤の3段染めと言われている。さらに、穂高の岩の黒と横尾谷の緑を加えて5段染めとも言われる。

だが、この美しい紅葉を見るのは容易ではない。私はこの5年間、毎年紅葉の時期に、週末を利用して涸沢に通っているが、まだ美しい3段染めを見てはいない。それは、台風で塩を含んだ風が葉を枯らしてしまったり、季節はずれの大雪で葉が枯れ落ちてしまったりするからである。ところで、赤茶色に枯れた葉を見て、「さすがに涸沢の紅葉は美しい」などと言って、一生懸命に写真を撮っている人たちをみると、本当の美しい紅葉を見せてやりたいと思う。

ではどうすれば、涸沢の美しい紅葉に出会えるのか。山小屋に電話してもムダである。山小屋も商売だから、10年来の不作と言われた年でさえ、涸沢ヒュッテに電話すると、「ちょうど今が見頃ですよ」と言われたのだから。

奥穂高山荘のオーナーである今田氏の話によると、例年の紅葉の見頃は9月25日から30日まで、とのことである。また、「本当に美しいのは1日だけなので、1週間は滞在しなければだめだ」とも言われた。だが、私は、もし台風や大雪の襲来がなければ、見頃は9月27日から10月5日まで、とみている。

山岳写真家の山下喜一郎氏の記述によれば、夏の台風が北アルプスの上空を通過した年には、秋の紅葉はだめになるという。台風は、秋の高気圧であるシベリア気団と、夏の高気圧である小笠原気団との谷間に沿って進むので、夏の高気圧の勢力が弱いと、夏の台風が北アルプスの上空を通過するようになる。そうなれば、また、早くに秋の高気圧が日本に張り出してきて、その前線に沿って季節はずれの大雪が降ることにもなる。逆に、夏の高気圧の勢力が強く、残暑が厳しい年には、雪が遅くにやって来て、急激に温度が下がるので、紅葉がより美しくなるのである。ちなみに、昨年は冷夏であり、夏にいくつもの台風が上陸している。

気象庁のお天気相談所によれば、例年の富士山の初冠雪は、9月30日(河口湖測候所)であるという。富士山より標高の低い穂高で、初冠雪があるのはその後となろう。ちなみに、昨年の富士山の初冠雪は9月22日であり、その数日後に、北アルプス一帯は大雪に見舞われ、紅葉する前に全滅してしまったのである。

台風の進路と富士山の初冠雪とに注目していれば、涸沢の美しい紅葉に出会えるのではないだろうか。私はかつて、たまたま涸沢の3段染めの紅葉を見て、あまりの美しさに自然に涙があふれ、穂高がゆがんで見えたのを覚えている。あの時の感動を、もう1度味わいたいと思うのである。

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