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開発&コンサルティング

第2章 ターゲット(標的市場)の設定

2-1 市場とは何か

商品開発に際して最初に行わなければならないのが、ターゲット(標的市場)の設定です。なぜかと言いますと、「どの市場のどのような顧客ニーズを満たす商品を開発するか」を決めなければ商品開発は始まらないからです。

たとえ、技術シーズ(技術の種:技術的なアイデアや特許など)を基に商品開発を行うとしても、顧客ニーズを満たすことができなければ、全く売れない商品になってしまうからです。

標的市場を設定するためには、まず、現在の市場がどのようになっているかを知らなければなりません。つまり、現在の市場分析を行わなければなりませんが、その前に、市場とは何かについて確認する必要があります。

ところが、市場の定義がいろいろあって良く分かりません。経済学の教科書には、端的に、「市場とは需要と供給の場である」と書かれています。ところが、経営学ではそうではないのです。

例えば、マーケティングの大御所であるフィリップ・コトラーとゲイリー・アームストロングは、「市場とはある製品の購買者の集合である」と定義しています。(参照:『マーケティング原理』フィリップ・コトラー、ゲイリー・アームストロング共著 和田充夫、青井倫一共訳 ダイヤモンド社)

また、経営学の教科書の経営戦略のページには必ず書かれているのですが、企業の成長戦略として、アンゾフの「成長ベクトルの構成要素」という表(マトリックス)があります。この表(マトリックス)において、アンゾフは、「市場を使命と捉えており、使命は製品に対するニーズである」としているのです。そして、製品と市場との関連をマトリックスにしているのです。

<成長ベクトルの構成要素>
市場=使命(ニーズ)\製品現製品新製品
現市場市場浸透力製品開発
新市場市場開発多角化

アンゾフは「成長ベクトルというのは、現在の製品-市場分野との関連において、企業がどんな方向に進んでいるかを示すものである」と書いています。

そして、このマトリックスのそれぞれの欄について、

  1. 市場浸透力の欄は、現在の製品-市場の市場占拠率の増大をもとにして成長方向を示すためのものである。
  2. 市場開発の欄は、企業の製品についてどんな新しい使命(ニーズ)が探求されているを示すためのものである。
  3. 製品開発の欄は、現在の製品に変わるものとしてどんな新製品をつくりだすかを示すためのものである。
  4. 多角化の欄は、製品と使命との両方の面で、企業にとって全く新しいものを特別に示すためのものである。
と書いています。(参照:『企業戦略論』H.I.アンゾフ著 広田寿亮訳 産業能率大学)

さて、以上のように、経営学においては市場の定義についていろいろな捉え方がありますが、本来、市場とは、経済学における定義のように「需要と供給の場」であり、需要と供給がなければ市場は成立しません。需要側が顧客であり、供給側が企業です。顧客の欲求やニーズという需要に対して、それらを満たす商品を企業が供給するという関係です。

よって、顧客も企業も市場を構成するものであり、顧客の欲求やニーズ、及び商品も市場を構成するものです。顧客の欲求やニーズ、及び企業が供給する商品がなければ需要も供給もないわけですから市場もないのです。

何が言いたいのかと申しますと、コトラーやアンゾフのように製品対市場という関係ではないということです。製品対市場という関係で捉えていては商品開発はできません。なぜなら、市場を構成するのは、需要側の顧客、供給側の企業、商品に対する顧客の欲求やニーズ、企業が供給する商品、の4つがあるからです。この4つの構成要素のうち、どれが欠けても市場は成立しません。

また、企業の立場ではなく顧客の立場で市場を捉えなければ商品開発はできないからです。コトラーやアンゾフは顧客の立場ではなく、企業の立場で市場を捉えているのです。要するに、生産者志向なのです。コトラーやアームストロングはマーケティング学者でありながら生産者志向なのです。ちなみに、コトラーとアームストロングの市場の定義を顧客の立場、すなわち顧客志向(マーケティング志向)に変更すると、「市場とはある購買者に対する製品の集合」となります。要するに、購買者と製品が入れ替わります。

さて、市場を構成している企業、商品、欲求やニーズ、顧客の4つの関係を簡単に表すと次のようになります。

(供給側)企業⇒商品⇐欲求・ニーズ⇐顧客(需要側)

つまり、供給側としての企業が商品を供給し、需要側としての顧客が商品に対して欲求・ニーズを持っているという関係です。この関係で特に重要なのは、顧客と商品とを結びつけるものは顧客の欲求・ニーズだということです。

そこで、企業が商品開発を行うための市場分析は、商品、顧客の欲求・ニーズ、顧客の3つの関係を分析すれば良いのです。

商品⇔顧客の欲求やニーズ⇔顧客

つまり、市場とは、顧客、顧客の欲求やニーズ、商品の3つで構成されると考えるのです。よって、これらの3つをマトリックスにして、3次元マトリックスを作成し、これを市場として分析します。

この3次元市場マトリックスによって、いろいろなことが分かりますから、空白市場(ブルー・オーシャン)の探索が容易にできるのです。また、ターゲットの設定がしやすくなるのです。よって、商品開発の成功確率が高くなります。

また、市場を捉えるのに、自社の顧客と自社の商品だけの関係を捉えていてはダメです。これでは、商品開発を行う場合に、自社の顧客と自社の商品だけを対象にしてしまいます。競合他社の顧客と競合他社の商品を含めて市場を捉えることが商品開発にとって必要なのです。つまり、業界全体の市場を捉えなければ現在の市場は分かりません。そうしなければ、現在の市場がどのようになっているかを知ることはできません。

さて、昔は顧客ニーズと技術シーズの2つが商品開発の出発点と考えられておりましたが、現在では技術シーズから商品開発を行うことはあまりありません。たとえ技術シーズが存在するとしても、開発する前に必ず顧客ニーズの探索を行います。開発したけれども売れなかった、というリスクを回避するためです。

高度経済成長期には、商品が不足しており、顧客がどのような商品を欲しがっているかは分かっていましたし、作れば売れた時代でしたので、技術シーズを基に商品開発を行うことがありました。

しかし、現在では、商品が巷(ちまた)にあふれているので、企業はいかに顧客ニーズをつかみ、ニーズを満たす商品をいかに開発するかが重要になっているのです。

つまり、顧客の欲求を満たす商品については、既にほとんど開発され、製造・販売されているのです。このため、商品開発と言っても既存商品の改良・改善になってしまうのです。新商品アイデアを出すためには顧客の欲求の探索ではなく、顧客ニーズの探索が必要なのです。顧客ニーズの探索をしなければ新商品アイデアは発想できません。また、空白市場(ブルー・オーシャン)も発見できません。

多くの企業では、既存市場(既存顧客)をターゲットにしているだけでなく、市場調査として既存顧客の欲求の探索ばかり行っているために、新商品アイデアが発想できないのです。このため、多くの企業では既存商品の改善・改良しかできないのです。

例えば、既存顧客に「どのような商品が欲しいですか」「どのような商品があったらよいと思いますか」などと聞いてもダメです。これでは、既存商品の欠点しかわかりませんので、既存商品の改善・改良しかできません。新商品開発のためには空白市場をターゲットにし、空白市場における潜在顧客のニーズを探索する必要があるのです。

ところで、マーティングの目的は一言で言えば市場創造です。つまり、新市場の開拓です。既存市場をターゲットにしていては市場創造はできません。多くの企業では既存市場をターゲットにしているので、マーケティングの目的を果たしていないということになります。要するに、マーケティングを行っていないのです。


≪参考1≫

老婆心ながら、ここで、ニーズと欲求(ウォンツ)の意味の違いを確認しておきたいと思います。ニーズとウォンツの意味を間違って理解している企業や間違って書いてある本がよくあるからです。例えば、ニーズは潜在欲求で、ウォンツは顕在欲求であるとか、ニーズは市場全体(顧客群)の欲求で、ウォンツは個人の欲求であるとかです。各企業が勝手に定義している場合もあります。

ニーズ(Needs)や欲求(Wants)は英和辞典などに書かれている日常用語ではなく、マーケティングの専門用語です。つまり、「必要なもの」「欲しいもの」という意味ではありません。マーケティング用語として最初にこの言葉を定義して使用したのはフィリップ・コトラー氏ですから、マーティング用語として使うのであれば、フィリップ・コトラー氏の定義に従うべきだと思います。なぜなら、言葉の意味が人によって異なっていては、コミュニケーション(意思疎通)ができないからです。

マーケティングの大御所であるフィリップ・コトラー氏によれば、ニーズとは「人間が感じる欠乏状態」「生活上必要なある充足状況が奪われている状態」を言います。つまり、ニーズとは、簡単に言えば、「何かが欠乏している状態」のことです。要するに、人間(顧客)が、何かが欠けていることは分かるが、それが何かは分からない状態なのです。(参照:『マーケティング原理』フィリップ・コトラー、ゲイリー・アームストロング共著 和田允夫、青井倫一共訳 ダイヤモンド社)(参照:『マーケティング・マネジメント』フィリップ・コトラー著 村田昭治監修 小坂恕、疋田聡、三村優美子共訳 プレジデント社)

ちなみに、 Needs には Lacks の意味も含まれます。要するに、必要なものであるにもかかわらず、世の中にまだ存在していないので、欠けているものです。したがって、企業が顧客ニーズをつかんで、ニーズを満たす商品を開発して販売すると、顧客は、その商品を見て、「これ、これ、前からこれが欲しかったんだ」と何が欲しかったのかが初めて分かる、というのがニーズの意味なのです。よって、ニーズは潜在的ですが、欲求ではないので、潜在欲求ではありません。

一方、コトラーによれば、欲求(ウォンツ)とは、「ニーズを満たす(特定の)物が欲しいという欲望」です。欲求は国や地域により、あるいは人により、また状況により異なるのです。欲求は具体的な特定の物ですので、当然、顕在的です。

分かりやすい例で言えば、「のどが渇いた」とか「腹が減った」と言うのはニーズを表現しています。「人間が感じる欠乏状態」を表現しているからです。しかし、これらを満たす物は既にこの世にあるのでニーズではありません。もし、「のどの渇きをいやす物」や「腹を満たす物」がこの世になければ、ニーズになります。

一方、水が欲しいとか、ヤシの実が欲しいとか、ラーメンが食べたいとか、ジャンバラヤが食べたいと言うのは欲求(ウォンツ)です。「ニーズを満たす(特定の)物が欲しいという欲望」だからです。

ちなみに、コトラーは次のようにも書いています。「販売者は、しばしば欲求とニーズを混同する。ドリルの刃のメーカーは、顧客はドリルの刃に対してニーズを持っていると思うかも知れないが、顧客の本当のニーズは穴である」と。

つまり、顧客はドリルの刃が欲しいのではなく、穴が欲しいのです。しかし、その穴を開ける商品(道具)がこの世に存在しないのです。つまり、欠乏しているのです。ニーズを満たす商品が存在しなければ、当然、顧客にはそれが何かは分からないわけです。もちろん、企業にもそれが何かは分からないのです。

ニーズが穴であることが分かったとしても、ニーズを満たす商品(穴を開ける道具)が、この世にまだ存在していなければ、それが何なのか分からないのです。それはドリルの刃ではなく、キリでもなく、ノミでもなく、シャベルでもなく、ダイナマイトでもないのです。それはまだこの世に存在していない何かなのです。


≪参考2≫

アンゾフの成長ベクトルは非常に有名な成長戦略であり、分かりやすそうに見えるのですが、実は分かりにくいのです。このため、多くの企業では、標的市場を設定する際に間違って設定してしまうのです。

と言うのは、アンゾフの成長ベクトルの構成要素の表(マトリックス)には現市場と新製品の交差するところに製品開発と書かれているので、製品開発は現市場に対して行うものだと勘違いしてしまうのです。つまり、多くの企業では間違って現市場(既存市場)を標的市場にしてしまうのです。

新市場と新製品の交差するところは多角化と書かれていますが、多角化というのは既存事業とは異なる、新しい事業分野(新製品-新市場分野)に進出することを言います。したがって、多角化は新市場に対して新製品を開発することになるのです。つまり、多角化の欄も製品開発になるのです。

よって、製品開発のための標的市場は、現市場だけではなく、新市場も標的市場になると言うことです。しかも、新市場は製品がまだ存在していない市場ですから、空白市場(ブルーオーシャン)なのです。よって、この空白市場を標的市場にして製品開発を行うことによって、市場を独占することができるのです。

この表にはもう1つ分かりにくいところがあります。この表の各欄に書かれている市場浸透、市場開発、多角化などは目的ですが、製品開発は目的ではありません。よって、現市場に対して製品開発を行う目的が書かれていないのです。

現市場に対して製品開発を行う目的は、計画的に現製品を売れなくして(計画的陳腐化という)、現市場(既存顧客)の買い替え需要を促し、市場の刷新を図るためです。ちなみに、現市場に対する製品開発は、顧客が現製品に飽きて現製品が売れなくなった場合や現製品に欠陥が見つかった場合などに行われます。つまり、製品開発と言っても多くは現製品の改善・改良になります。

要するに、製品開発の目的は、現市場(既存顧客)の買い替え需要を促し市場の刷新を図るだけでなく、新市場開拓(多角化)のためでもあるのです。つまり、市場刷新や市場開拓(多角化)が目的であって、製品開発は目的達成のための機能(役割、働き)なのです。

つまり、アンゾフの成長ベクトルは、製品開発の目的を明確にしていないだけでなく、目的と機能(役割、働き)とを混同して表示しているために、分かりにくくなっているのです。

<筆者が修正した成長ベクトル>
市場=使命(ニーズ)\製品現製品(製品開発後の)新製品
現市場市場浸透市場刷新
新市場市場開拓市場開拓(多角化)

※なお、市場開発を市場開拓に修正しました。

<目的と機能の関係>
機能(役割、働き)目的上位目的
現製品を販売促進する現市場への浸透を図る売上を増大する
新市場を開拓する
新製品を開発する現市場を刷新する
新市場を開拓する(多角化する)

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