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開発&コンサルティング

第98回 労働基準監督署は何も監督していない

今から30年以上前に、「サービス残業」という言葉がはやり始めた。今から20年以上前には「過労死」という言葉がはやり始めた。そして、最近では「ブラック企業」という言葉がはやり始めている。これらの原因はもちろん、企業が労働基準法を守らないからだ。そして、企業が労働基準法を守っているかどうかを監督するのが労働基準監督署の仕事である。

しかし、これらの言葉がはやり始めているにもかかわらず、労働基準監督署はそれを食い止めようとはしなかった。企業の実態を調査して、労働基準法に違反している企業を摘発しようとしなかった。だから多くの企業は図に乗って、ますます労働基準法違反をした。その結果、企業と労働者とでいろいろなトラブルが発生し、テレビや新聞で何度も報道され、多くの人にこれらの言葉が認知されてしまった。現在、企業で働いている人で、「サービス残業」や「過労死」という言葉を知らない人はいない。この事実は労働基準監督署が仕事をしなかった証拠である。

もし仮に、警察官が泥棒を見て見ぬふりをしたらどうなるか。つまり、警察官が本来やるべき仕事をしなかったらどうなるかというと、当然、罰せられる。業務上過失責任を問われる。しかし、どういうわけか、労働基準監督官が仕事をしなくても罰せられることはない。

現在でも多くの企業がサービス残業をしている。また、多くの企業で過労死する人がいる。いまだになくならないどころか、増えている。そして、ついにブラック企業などという新しい言葉が流行し始めた。しかし、労働基準監督官は見て見ぬふりをしている。それにもかかわらず、労働基準監督官が仕事をしなかった罪で罰せられたという報道をこれまで聞いたことがない。

昨日(10月7日)NHKのアサイチで、ブラック企業についていろいろな視点から討論が行われた。働く人の立場のタレントや民間の弁護士、労働相談所の人などからいろいろな意見が述べられた。また、ブラック企業の経営者からのメールで、残業しなければ赤字になるとか、取引先の企業から厳しい納期を要求されるとかの意見もあった。しかし、いろいろな意見の中で労働基準監督署の対応についての意見は一度も出なかった。

討論の結果、これは社会全体の問題だという結論になってしまった。結局、何も進展しなかったのである。本来なら、この問題の張本人であるブラック企業の代表と労働基準監督署の代表とがこの討論に参加すべきである。そして、多くの労働者から生の意見をメールで受け付ければよい。そうすれば、多少は実のある討論ができただろう。

ブラック企業の従業員に対する口癖は、「いやならいつでも辞めていいんだよ」である。従業員は「辞めたら、また就職活動をしなければいけない、いい会社はすぐには見つからない」と思っている。実際そのとおりである。このことをブラック企業は知っているから、従業員に対して、いやならいつ辞めてもいいと言う。景気の良い時には企業はこのようなことは決して言わなかった。「辞めないでほしい」といつも言っていた。

では、景気が悪いのがそもそもの原因なのか、というとそうではない。景気が良かった高度経済成長期には仕事が有り余っていたため、労働者不足であった。そのため、サービス残業をさせられたし、過労死する人もいた。従業員は会社を辞めてもすぐに別の会社に就職することができたが、どこの会社に行っても残業に追われた。景気が良い時も状況は変わらないのである。

景気が悪い現在では、仕事がなくて会社が儲からない。だから、会社は人件費を抑えるために、少ない労働者でできるだけ長時間働かせる。サービス残業をするのが当たり前になっている。働きたい人は巷にあふれているので、会社はいつでも人を雇うことができる。だから「辞めたければいつでも辞めていいんだよ」と言う。この問題の原因は景気の良し悪しではない。

では、そもそもの原因は何か。企業は人を雇って、できるだけ安い賃金で、できるだけ長時間働かせて稼ごうとする。その一方で、労働者は企業に雇われて、できるだけ高い賃金をもらって、できるだけ少ない時間働こうとする。つまり、企業と労働者とは相反する願望を持っている。しかし、問題は、労働者より企業の方が強い立場にあることである。これがそもそもの原因である。

産業革命のころから、どの国でも同じ問題が存在した。そして、どの国でも労働争議が頻繁に発生した。そこで、わが国では昭和22年に労働基準法ができ、これまでに何度も改正された。また、労働基準監督署ができて、弱い立場の労働者を守ろうとしてきた。しかし、同じ問題が未だになくならない。

実は、私はこれまで何度も労働基準監督署に相談に行ったことがある。顧客企業が労働基準法を守っていない件で、どうすればよいかについて相談をした。もちろん、コンサルタントの立場ではなく、その企業の従業員の立場で相談をした。私の話を一通り聞いた監督官は、「会社を辞める場合には、辞める一か月前に辞表を提出しなさい。そうすれば、穏便に辞めることができる」と言う。

何度も労働基準法違反について、いろいろな企業の案件で、各地の労働基準監督署に相談に行ったが、いつも監督官の答えは同じだった。会社を辞める時の注意事項しか言わなかった。その企業の実態を調査してくれることもなかったし、勤務記録をきちんと残しておけば、裁判になった時に有利になるといったアドバイスもなかった。

労働基準監督署がブラック企業を監督しないのであれば、労働基準監督署などいらない。税金のムダ使いである。労働者よ立ち上がれ、そして、労働組合を作れ。労働者は結束して自分たちを守らなければいけない。そして、会社と対等の力を持つのだ。会社が労働基準法を守らなければ労働者は結束して働くのを拒否することができる。これをボイコットと言う。これは法律で認められている行為なのだ。

その一方で、もし労働組合が会社に対して理不尽な要求をすれば、会社は労働者を働かせないように会社から締め出すことができる。これをロックアウトと言う。これも法律で認められた行為である。どちらも最後の手段となるが、互いに回避したいことでもある。

なぜなら、労働者がボイコットをすればその分賃金はもらえなくなる。その一方で、会社は仕事がストップしてしまうので会社の業績は悪くなり、長引けばつぶれてしまう。ロックアウトをしても同じ結果になる。結局、労働者と経営者とで話し合いをせざるを得なくなる。そうすれば、会社と労働者とが対等な立場で話し合い、お互い納得した上で気持ちよく働けるようになるし、会社の業績も良くなる。

労働者はもちろん、ブラック企業を告訴することもできる。その場合には、裁判費用などが多少かかってしまうが、もし、サービス残業をしていることが確認できれば、裁判所はブラック企業に対して残業代の2倍の金額を労働者に支払うように命じることになる。

そのために、サービス残業の証拠となる記録をきちんと残しておくことが必要である。記録は手書きでもよいが、できればブラック企業が認めざるを得ないような記録が良い。例えば、パソコンの立ち上げ、シャットダウンの記録(ログ)などである。

最後に、ブラック企業の経営者にひと言言いたい。人は無給(ボランティア)でも働く。しかも、自ら進んで他人のために一生懸命に働く。その理由をよく考えてほしい。その理由がわかれば、顧客満足のためには従業員満足が必要なことがわかる。従業員が満足して働けば顧客満足が得られ、その結果売り上げが増大し、業績が良くなるのだ。経営者自身が無給(ボランティア)で他人のために1か月ほど働いてみるがいい。そうすれば従業員の気持ちが少しは分かるかもしれない。

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