前回(第89回)で、今年の中小企業白書は役に立たないということを書きました。ところが、白書に書かれている本文は役に立たなのですが、白書に書かれているいろいろな統計資料やその記述内容には、役に立つことがたくさんあるのです。そこで、これらを基に、おこがましいですが筆者なりに役に立つ中小企業白書を書いてみようと思います。白書に書かれている統計資料やその記述内容を基に書いたものですので、本文とどのように異なるのかを見比べてください。
白書第2部は「中小企業の更なる発展の方策」というタイトルが付いています。そこで、本稿のタイトルを同じにしました。そして、この第2部の内容を中心に本稿を書くことにします。なお、紙面の関係でポイントだけを書きます。
第2部第1章では、「国内制約が高まる中での新たな展開」というタイトルがつけられていますが、国内制約とは、中小製造業集積において、事業所数や従業員数が減少する一方で、環境・エネルギー制約や少子高齢化といった制約のことです。
そこで、まず、製造業全体でどのくらい減少しているかを見てみると、1986年から2006年までの20年間に、25.6%減少しています。次に、中小製造業集積における事業所がどれだけ減少しているかを見てみると、同じ20年間で、東京都大田区と大阪府東大阪市では金属製品や一般機械器具の事業所が約4割減少し、静岡県浜松市では繊維・衣服の事業所が約7割、金属製品の事業所が約4割減少しているということです(P.82)。
しかし、このことは自然の成り行きで驚くことではありません。なぜなら、各国の工業化の歴史を見ればどこの国でも同じ経緯をたどっているからです。例えば、典型的なイギリスの工業化の歴史を見てみると、最初は繊維産業が発展し、そして衰退して行き、次に金属製品や一般機械器具が発展し衰退していきました。
工業というのものは、本来、繊維工業⇒金属・機械工業⇒電気・電子工業の順に発展し、且つ衰退していくものなのです。また、歴史的にはイギリスを発端にして、フランス、ドイツ、アメリカ、日本、韓国、中国、インド、ASEANという具合に順に発展し、そして衰退していくのです。これをガーシェンクロンモデルと言い、経済史では良く知られていることです。
また、工業化の次には流通業(卸・小売業)やサービス業が発展しサービス経済化が進展していくのです。このことは現在の日本の状況を見てもわかります。現在、日本の産業で事業所数が一番多いのは卸・小売業で、2番目に多いのがサービス業で、3番目に多いのが飲食・宿泊業で、4番目に多いのが建設業で、製造業は5番目になってしまいました(付属統計資料P.282)。
では、製造業はどうすれば良いのか。白書では、製造業同士の水平的な取引構造や垂直的な取引構造について分析し、集積外へ事業所を展開するとか、事業の引継ぎを円滑に行うとか、他の企業との連携を図るとかをすれば良いということが書かれています。そして、連携については、異業種交流会等に積極的に参加している企業の方が営業利益が増加していると書かれています(P.104)。そして、そうした企業を「つながり力のある企業」と呼んでいます。
確かに、その通りでしょう。しかし、製造業自体が衰退していく中で、異業種とは言え、同じ製造業同士で連携するだけではダメだと筆者は言いたいのです。そうではなくて、すべての産業の中で1番目、2番目に多い卸・小売業やサービス業との連携が必要なのです。なぜなら、消費者ニーズをしっかりと捉え、消費者ニーズにマッチした商品を開発し続けなければ製造業は生き残っていけないからです。白書にはこのことが全く書かれていません。
地球環境を守るために地球の温暖化を防止し、省エネを推進しなければ企業は生き残れません。なぜなら、地球環境を守るのは人類の義務であり、国民の義務だからです。つまり、省エネを推進している企業ほど、消費者に好まれ、そうでない企業ほど嫌われるわけです。そのうえ、省エネを推進すればするほど企業はコストダウンができて儲かるわけですから、省エネを推進しないのはおかしいのです。
ただし、中小企業は省エネのために金をかける(投資する)余裕はないのです。そこで、まずは、金をかけないで知恵を出して省エネを推進します。次に、金をかけるにしてもどちらが得かを計算して、得ならば省エネを推進すれば良いのです。当たり前の話です。
ところが、以上の当たり前の話が実際には進んでいないのが問題なのです。白書には、空室の消灯や温湿度の適正管理などについては99%以上の企業が取り組んでいるが、投資による省エネは進んでいないと書かれています。
また、空室の消灯や温室度の適正管理以外の運用による省エネについて、取り組んでいない理由は、「何をしていいかわからない」が最も多く21.3%となっており、次に多いのが「費用削減につながらないから」が20.8%で、3番目に多いのが「本業が忙しくて取り組む余裕がないから」が14.7%になっているとのことです。
つまり、金をかけないで省エネを行う、つまり、運用による省エネさえもあまり取り組んでいないのです。そこで、白書では、経済産業省が行っている、「無料省エネ診断サービス」について紹介しています(P.116)。これによって、どのように取り組めばよいか、どのくらいのコストダウン効果があるかなどがわかるわけです。しかし、これについて白書では詳しく書いていないのです。
次に、投資をして省エネをする場合には、まず、大企業が技術・資金を提供して中小企業が行った二酸化炭素排出抑制の取組みに対して国が支援する国内クレジット制度があります(P.126)。よって、大企業も支援を受けられるだけでなく、中小企業は金をかけないで省エネが出来るのです。
さらに、省エネ設備への投資費用を省エネ設備導入による経費削減で賄ってしまうESCO事業もあります。したがって、これも金がかかりません。しかも、ESCO事業者が省エネ効果を保証し、保証した効果が得られなかった場合には顧客の損失を補填してくれます(P.127)。
したがって、いずれの方法も金を一切かけずに省エネができるのです。その結果、コストダウンになって儲かるわけです。これらについて、なぜ白書は詳しく説明しないのでしょうか。単に紹介しているだけなのです。
白書には、中小企業が持続的な成長を遂げるためには、女性や高齢者、非正社員の活用のみならず、多様なニーズを持つ従業員が個人の希望に合った働き方を選択できる機会を提供することが必要である、と書かれています。このためには、ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活との調和)への取組みが重要であり、従業員の定着率や生産性にプラスの効果をもたらすと書かれています。
また、政府が2009年末に、我が国の「新成長戦略」として閣議決定した成長分野として、「環境・エネルギー、健康」と「アジア、観光・地域活性化」とがありますが、特に中小企業は健康分野について、「医療・介護・健康関連産業の成長産業化」や「日本発の革新的な医薬品、医療・介護技術の研究開発推進」などの担い手となることが不可欠であるとしています。
また、これに関連して、2008年度の業種別の新規有効求人数は、5年前と比較して、医療、福祉で顕著に増加し、製造業、サービス業、建設業等で減少している、としています。しかし、だからと言って、中小企業が医療、福祉に取り組めばよいというのは単純すぎると筆者は思います。新規事業に取り組むのは簡単ではないし、大企業が取り組んでも良いのです。少子高齢化の進展は大企業にとっても同じだからです。
ところが、女性や高齢者を多く雇用しているのは中小企業であって大企業ではないのです。しかも、65歳以上の高齢者の場合には大企業が2.5%であるのに対して、中小企業では14.5%も雇用しています(P.133)。
したがって、従業員である女性や高齢者のニーズを把握して、女性や高齢者のための商品開発や新事業開発を行うのは中小企業の方が有利なのです。したがって、現在行っている事業を推進しながら、女性や高齢者のための商品開発や新事業開発を推進すればよいのです。そうすれば、大企業ではできないような女性や高齢者のための新商品や新事業ができるのです。
白書には、国際化を開始する企業は、国際化前の労働生産性が国際化していない企業に比較して高く、国際化開始後には労働生産性がさらに向上する、と書かれています。わかりやすく言えば、国内で儲かっている企業は国際化すればさらに儲かるということです。また、国際化を行ったことによる効果として、売上の増加、新市場・顧客の開拓など様々な効果をもたらす、と書かれています。
そして、国際化を行うきっかけとなったのは、「自社製品に自信があり、海外市場で販売しようと考えた」というのが最も多い、ということです。つまり、取引先の海外移転やコスト削減のためだけではないのです。そして、国際化後に、生産効率向上・コスト削減や販売チャネルの開拓に取り組んでいるのです。これらの結果から、国際化が中小企業の更なる成長にとって重要な要素であると書かれています。
ところが、そううまい話ばかりではないのです。実際には事業不振により撤退した企業もあり、様々なリスクがあると書かれています。まず、労働生産性が高い企業でも国際化を行っていない企業では、「必要性を感じない」という理由が最も多く、6割を占めています。そして、3割の企業が「国内業務で手一杯で考えられない」と答えているのです。
そして、国際化後の課題として「品質管理」「コスト管理」「販路の確保・拡大、マーケティング」などがあり、特に直接投資企業では「人材確保・労務管理」「投資費用の調達・資金繰り」といったものがあるとのことです。しかし、これらの課題は国内でも同様であり、程度の差であろうと思われます。
ところが、2000年度に輸出を開始した中小企業のうち、半数以上の企業が2007年度までに撤退しているということです(P.185)。これは由々しき事態です。撤退した理由は「輸出又は現地の事業が不振だった」が4割と最も多く、また、撤退するにも簡単ではないと白書には書かれています。
さて、以上の実態を考えてみれば、白書の「結び」に書かれているように、「積極的に国際化を行っていく必要がある」とは言えないと思います。中国やアジアでの成長機会を取り込んでうまい汁を吸おうとしてもリスクがあります。
したがって、まずは国内で儲かるような付加価値の高い製品を開発し、製造・販売すべきであり、次に、製品に自信が持てるようになったら、間接輸出から取り組むべきだと筆者は考えます。そして、間接輸出がうまくいくようになったら直接輸出をし、次に直接投資をするという具合に、リスクを回避したり減らしたりしながら順序だてて国際化を進めていくべきであると考えます。
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