前々回(第73回)で「特許出願して拒絶されてもあきらめてはいけない」ことを書きました。その理由として審査官は明細書を読まないで拒絶するためであることを書きました。しかし、実は、図面も読んでいないようなのです。
つまり、図面の構造や内容を理解していないのです。なぜなら、理解しようとしていないし、理解できないからです。審査官の中に図面が読めない人がいることが今回わかったのでひと言書くことにしました。
特許庁の委託を受けて特許電子図書館(IPDL)を運営している、(独)工業所有権情報・研修館の主催による、検索エキスパート研修(上級)を先週受講しました。この研修は、年に1回、1週間にわたって行われるもので、「先行技術調査の業務に従事すること等により、特許法についての十分な知識を有する者を対象」としているプロのための研修です。
この研修の特徴は、特許庁の審査官が審査する方法で、しかも審査官が使用している審査用のソフトを使って審査実務を習得するものです。このため、全国から申込者が多いそうですが、講師とハードとソフトに限りがあることから、今年は35名が選考され、私も運よく選ばれ参加することができました。
受講生のほとんどは企業の知財部門や研究開発部門の人たち、あるいは大学で研究を行っている人たちで、日常の業務として先行技術調査をしているプロの方々です。そのため、レベルは非常に高く、特許法の条文を引用した議論が行われたり、検索に使用するFタームをどれにするのが良いかなどの会話が飛び交っていました。
カリキュラムは、1日目が「検索インデックス」についての講義、2日目が「調査実務Ⅰ」の講義、3日目が「引例選択演習」と「検索端末操作実習」、4日目が「調査実習」、5日目が「調査結果討論演習」と「調査実務Ⅱ」となっていました。特許の先行技術調査をするということは、現在の世界の技術レベルを踏まえたうえで、新たに出願された特許の新規性と進歩性などを判断することですから、技術に関しては高いレベルになければなりません。
当然ながら、そういう受講生を教える講師は相当高い技術レベルにあるものと考えられます。実際に、講師は全員が数十年間審査官を務めた元審査官で、現在は大学の教授であったり、弁理士業務を行っていたりで、現役の審査官に教える立場の人たちばかりでした。
ところがです。5日目の最後になって、受講生や講師の技術レベルの低さに私は唖然としてしまったのです。前日の4日目の「調査実習」では、出された課題(特開2001-××××)について調査し、特許査定をするか拒絶査定をするかの判定をするわけです。
まず、順序として発明の特定を行います。つまり、図面を見て大まかに理解し、明細書を読みながら図面を詳しく読んで理解して、「特許請求の範囲」を確認し、発明の内容を明確にするわけです。
ところが私が最初にその図面を見てすぐに、おかしいことに気づきました。そこで、次に明細書を読みながら図面を良く読んでみると、機構上、不要な構造になっていて、それが発明の内容になっていることが判明しました。つまり、図面を読んだだけで私は進歩性なしと判断できたのです。つまり、調査実習でありながら、調査が不要という課題だったのです。
そこで、私は調査をしないで実習を終了しようとしたのですが、他の研修生は講師にソフトの使い方を確認したり、調査の方法について質疑応答したりしているのです。もしかすると、私の方がおかしいのかとも思い、何度も図面を読み返したのですが、どう考えても不要な構造なのです。
そこで、仕方なく、その日は1日中、遊ぶことにしました。つまり、何か面白い発明はないかと終了時間になるまで探すことにしました。検索が終了したら帰ってよいことになっていたので、午後になってから次々と帰る人が増えてきましたが、私は最後まで帰らずに検索していました。終了時間になって、講師から時間ですから終了してくださいと言われたので、終わりにしました。そのときに、一旦、会場を出たのですが、報告書を書くのを忘れていたので、あわてて戻って適当に書いてから帰りました。
翌日の5日目に、調査結果について討論したのですが、私以外の研修生は全員が一生懸命に検索して先行技術を発見し、進歩性なしの判断をしたのでした。その後、講師からフォローアップの講義があったのですが、やはり図面についてはなんら説明することもなく、検索の仕方についての話ばかりで終了したのです。
ところが、終了直前に、講師から研修の最後の日の最後の授業なので何でも良いから質問があったらどうぞと言われたので、早速、私は手を上げて自分の見解を述べるとともに、ホワイトボードを使って図面の構造について説明したのです。
そして、私の見解について講師に意見を求めたですが、講師は自分が図面を理解できていないことを恥じることもなく、また、調査の不要な課題を出題したことを悪びれることもなく、関係のない話をしてごまかしかのです。また、他の受講生からも何の意見も質問も出されませんでした。
実は、図面に書かれていたのは、中学生の理科の教科書にも書かれている動滑車を使ったものです。課題となった発明は動滑車の原理を利用して重い物を軽く持ち上げようとするものなのですが、動滑車の使い方が間違っているため、動滑車の原理が全く活かされないような構造になっていたのです。
このような基礎的な構造でさえ、元特許庁の審査官がわからないのです。また、企業の研究開発部門や知財部門で特許に携わっている現役の人たちもわからないのです。さらに、大学で研究開発に携わっている人たちもわからないのです。なぜなのでしょうか。
おそらく、こうした人たちは、昔習った基礎的な物理の原理については既に忘れていて、今現在研究していることしか頭にないのではないでしょうか。つまり、木を見て森を見ていないということです。それにしても、ベテランの審査官もそうであっては困ります。審査官は基礎的な物理の原理についてはしっかり復習してもらいたいと思います。なぜなら、「発明とは自然法則を利用した高度な技術的思想」であり、自然法則を理解できないのでは特許の審査はできないはずだからです。
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