SWOT(スワット)分析というのは、経営戦略を立案するのに先立ち、経営に影響を与える環境要因を分析することであり、企業の内部環境要因を強み(Strong)と弱み(Week)に、外部環境要因を機会(Opportunity)と脅威(Threat)に分類し、それぞれの頭文字を取ってSWOT分析と呼ぶのである。
企業を取り巻く経営環境には大きく分けて、内部環境と外部環境とがある。内部環境要因は企業の内部における経営資源に係わる要因であり、外部環境要因は企業の外部における経済、社会、法律、文化、自然などのいろいろな要因を言う。いずれも企業の経営に影響をもたらす要因であることから、分析が必要であると考えられている。
したがって、1度もSWOT分析をしたことがないという企業は1度はやってみる価値がある。少なくとも、人によって経営環境に対する見方が異なり、それらを整理することで経営戦略が立てやすくなるという意味ではやってみる価値はある。
昔はSWOT分析などやらなかったのだが、最近は経営戦略の立案が重要になっていることから多くの企業で取り組んでいるようである。しかし、あまり役に立っていない。そもそも、高度経済成長の時代もその後の低成長の時代も、経営戦略などというものはあまり重視されなかった。
なぜなら、企業がやることは決まっており、それをどういう計画でやるかが重要だったからだ。したがって、経営戦略より経営計画の方が重視されていた。昔は、経営戦略などと言う言葉すら使われておらず、「戦争しているわけじゃないからそんな言葉は使うな」なんていう社長もいた。したがって、コンサルタントも経営戦略という言葉を使うと企業に嫌われるのであまり使わなかった。
ところで、失われた10年などと言うが、何を失ったのだろうか。失ったのは、時間である。つまり、この10年間は企業が何もしなかったという意味である。高度経済成長から低成長の時代に移ってからそのまま何もしないでいたために、マイナス成長になってしまったのである。10年ぐらい前までは企業がやることは決まっていたのでそれを一生懸命にやればよかった。しかし、低成長になってから何をやれば良いかがわからなくなってしまった。それで、何もしなかったのだ。
ところが、最近になってようやく、何をしなければならないかがわかってきた。それが経営戦略の立案である。なぜそうなったのかと言うと、この10年で企業を取り巻く環境が大きく変わったからである。情報技術の発達により、情報処理の時間と情報の伝達速度とが驚異的に速くなったため、世界中の企業と同じ土俵で競争しなければならなくなったからである。
また、消費者の価値観やライフスタイルも変わった。誰も持っていない自分だけの商品が欲しいとか、車で郊外の総合スーパーへ行ってまとめ買いをするとかである。従来は、買い物は歩いて近くの商店街に行ったり、電車で近くの小都市のデパートに行ったりしたのである。
それで、最近はどの企業でも、経営戦略、経営戦略と言っている。しかし、簡単にはできない。なぜなら、経営戦略を立案するにはその前にSWOT分析をするのだが、これが非常に難しいからである。まず、内部環境、すなわち主に経営資源の分析だが、自社の経営資源なのだから簡単にできそうに思えるが、実際には簡単ではないのだ。
なぜなら、強み、弱みというのは相対的なものだからである。強いとか弱いというのは、競合他社と比較して判断することだ。だから、競合他社の経営資源が詳細にわからなければ比較できない。ところが、競合他社がわざわざ弱みを見せるわけないし、まして、強みを見せるわけない。弱みを見せればそこを突かれて戦いに負けてしまうし、強みは戦いの武器だから能ある企業は強みを決して見せようとはしないからである。つまり、強みも弱みもお互い企業秘密なのだ。
それだけではない。過去のことがわかっても何もならないのである。経営戦略の立案はこれから先の戦い方を決めることだから、少なくとも現在の競合他社の経営資源の状況がわからないといけない。さらに、多くの企業では経営戦略を立てるときに、今後の経営資源の充実度合いを加味している。
つまり、過去や現在の経営資源を基に経営戦略を立てるのではなく、今後の経営資源の充実計画を基に経営戦略を立てるのである。したがって、強み、弱みの分析をするためには、競合他社の今後の経営資源の充実計画と自社の充実計画とを比較する必要があるわけだ。そんなことできるわけがない。それこそ企業秘密だからである。実際には、産業スパイもどきの腹の探り合いが行われているが、たとえ、そういう情報を知り得たとしても断片的にしかわからない。
次に、外部環境についてだが、外部環境というのは内部環境とは逆にすべてが公開されている。調べようと思えばいくらでも調べることができる。しかも、外部環境は競合他社のどの企業にとっても同じ環境である。だから、外部環境についてある要因が自社にとって脅威であるか、機会であるかの判断は主観で決めることになる。それしか方法はない。主観だから、人によって判断が異なる。ある要因を社長は機会と判断したが、他の役員全員は脅威と判断した、などというのは良くある話である。
いつだったか、テレビの対談でアサヒビールの樋口会長がいみじくも言っておられた。「攻めれば機会、逃げれば脅威」と。まさに、至言である。しかし、その逆の場合もある。具体的な例を挙げよう。金融の自由化を脅威と判断したのは主に証券会社であり、機会と判断したのは主に銀行である。なぜなら、銀行でも有価証券を売買できるように規制緩和されたからである。
しかし、実際にふたを開けてみると餅は餅屋だった。銀行が証券などを扱っても結局失敗してしまったのである。証券売買に関する経験、情報量、技術などに雲泥の差があったためである。このことを最初からわかっていて、証券売買に手を出さなかった銀行は業績が向上した。つまり、外部環境だけでなく内部環境と組み合わせて経営戦略を考える必要があるわけだ。
機会と判断したらそれを生かすための経営資源があるかを考えなければならない。経営資源がなければ、自力で充実させるか、外部との連携を図って補完するかである。つまり、弱みを克服しなければいけない。また、逆に、経営資源はあるが機会が見つからない場合には、自ら機会を作らなければいけない。
外部環境をどうみるかは主観であり、内部環境をどう活用するかは経営しだいだから、結局、SWOT分析に時間をかけてもあまり意味がない。つまり、理屈で戦略を立てるよりも興味のある事業や好きなことを実行した方がよい。実際、どのような事業を行うかを決めるのは理屈ではなく、好き嫌いで決めている場合が多い。
仮に、SWOT分析がある程度うまく出来たとして、それに基づいて戦略を立てても成功するとは限らない。なぜなら、それはいろいろな人の意見の妥協の産物に過ぎないからである。結局、多数決で決めるより社長の好き嫌いで決める方が良い。
私が大学院生だった頃はSWOT分析などという言葉すらなかったのだが、私は企業の活動をどう捉えれば良いのかについて考えていた。考えた結果、企業は生物と同じで環境に対応して生きている。そこで、環境をプラス要因とマイナス要因とに大まかに分類し、プラス要因をいかに生かすか、マイナス要因をいかに克服するか、その活動こそが企業の活動ではないかと考えた。
そして、修士論文としてまとめた。研究はたったの2年間だけだったので十分にはできなかったが、その研究の途中で、私の考えはシュンペーターの言う企業者活動(Entrepreneur)と同じだということがわかった。
つまり、企業者活動とは革新(イノベーション)を起こす活動のことだが、それは決して環境分析の結果そうしたわけではなく、自らの興味と努力によってそうしたということである。つまり、環境の分析に力を入れるよりも、環境の生かし方や克服の仕方に力を入れるべきなのである。
なぜなら、環境というものは常に変化するからである。したがって、大きな環境変化だけを捉え、それをいかに生かすか、あるいはいかに克服するかの活動が重要なのである。
ただし、これまで1度もSWOT分析を行ったことがない企業では1度は実施してみることをお勧めする。なぜなら、経営環境を常に分析して、環境の変化を捉えることは必要だからだ。
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