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開発&コンサルティング

第61回 知的財産立国構想は妄想に過ぎない

知的財産立国構想に関して新聞でいろいろな視点から報道されている。しかし、そのほとんどは構想の実施に疑問を投げかける内容となっている。そこで、中小企業の立場から実際どのような問題があるのかについて書いてみたいと思う。

今年の中小企業白書を見ると、中小企業は過去40年の間、大企業とは異なる独自の事業領域で活躍し、わが国の経済発展を担ってきた、と書いてある。中小企業と大企業は相互に競合するものではなく、それぞれ自らの得意とする分野に取り組む「棲み分け」構造を形成している。中小企業が活躍する分野というのは、供給面から見ると資本集約度が低く、需要面から見ると多品種少量、需要変動の激しい分野であるが、こうした分野は生産物を規格化し、規模の経済を追求することは困難になる、と書いてある。

そして、こうした中小企業が過去40年の間、なぜ、大企業に負けず劣らず活躍し続けられたのか、その成長のメカニズムを分析している。それによると、中小企業は成長過程で、身の丈にあった規模の市場へと活動分野を絶えず転換している、とある。すなわち、中小企業は環境変化に対応して常に新しい事業分野に転換しながら成長しているということである。そして、そのためには新製品開発等、イノベーション活動が成長への源泉として大きな意味を持つ、としている。

つまり、大企業は規格品を作り大量生産・大量販売により規模の利益で成長発展ができるが、中小企業にはそれができない。そのため中小企業が成長発展するには新製品開発等のイノベーションに常に取り組み、新たな事業に転換してしていく必要があるというのである。

白書には書いていないが、視点を変えれば、中小企業が開発した技術を基に、大企業がその資本力で大量生産・大量販売するという日本の構図を明らかにしたような内容なのである。かつて、中小企業だったソニーが開発した技術を松下電器がまねして製品化し、大量販売していたのがその典型例である。かつて松下電器は「まねした電器」とからかわれていた時代があった。

現在でも大企業は技術面では中小企業におんぶしていると言っても言い過ぎではない。大企業の製品の根幹となる技術の多くは中小企業が開発しているのだから。この40年間、数から言っても中小企業がわが国企業の99%以上を占め続けているのだから、わが国経済を支えているのは紛れもなく中小企業なのである。

しつこく言うが、わが国の経済を支えているのは中小企業であり、また、中小企業が開発した技術なのである。現在の大企業は、昔、中小企業だった頃に開発した技術を基に成長発展し大企業になったのである。

ところが、その技術を保護し、独占権を与え、産業の発展に寄与するために存在する知的財産権が現在大きな問題となっている。ご存知のように知的財産権には特許権を始めとする工業所有権と著作権などがある。これらの中で特に重要なのが特許権と実用新案権である。なぜなら、そのほかの権利は主に消費財に使われ消費されるだけであるが、特許権と実用新案権は消費財だけでなく生産財にも使われるため経済的波及効果が大きいからである。

最も良い例がマイクロソフトのWindowsである。Windowsという商標(ブランド)、あるいは、意匠(デザイン)よりも、OSとしてのWindowsの方がはるかに価値が高い。Windowsは特許権を取っていないが、ノウハウとしてマイクロソフトが所有している。

しかし、マイクロソフトと提携してWindowsというOSを活用してソフト開発を行ったり、ビジネスモデルを開発したりするなど新たな価値や新たな特許権などを生むことができる。つまり、商標権や意匠権よりも特許権やノウハウなどの方がはるかに価値が高いのである。

まず、考案(小発明)を保護する実用新案権から見てみよう。実用新案権はかつて多くの出願者がいたが現在はほとんどいない。現在、実用新案権を取得しようとする人は皆無に近い状況になっている。おそらく近い将来、実用新案権そのものがなくなると思われる。なぜこうなったかと言うと、平成6年に法律が改正され、権利保護期間が6年に短縮されたことと無審査となったためである。出願すると書類上の形式的な審査がなされた上で実質的な審査を行わずに権利が与えられるのである。つまり、新規性や進歩性などの実体審査を行わないで権利が与えられるのである。

なぜこうしたかと言うと、権利保護の迅速化が目的であるという。実用新案権は出願後極めて早期に実施され、また、製品のライフサイクルも短縮化する傾向にあり、早期の権利保護を求めるニーズが顕著であるため、というのが特許庁の見解である(特許庁ホームページより)。

早期の権利保護を求めるニーズがあるからといって、無審査にすればどうなるかぐらいは馬鹿でも想像できるはずである。審査しないのならわざわざ高い出願料や登録料を払って出願する人など誰もいない。それでも出願し、権利を行使するとどうなるか。当然、類似の特許権や実用新案権を取得している人との裁判となる。

私が考えるに、特許庁はおそらくこうなることをむしろ狙っていたものと思われる。なぜなら、実は、実用新案権というものは欧米には存在しないからである。そこで、欧米に習って実用新案権をなくしてしまおうと考えたのでないかと思われる。

ところが、多くの批判を受けたために、2006年より実用新案権の権利保護期間が10年に戻され、簡易審査とも言うべき技術評価を行うことになった。しかし、実質、無審査であることには変わりない。

次に、最も重要な特許権について見てみよう。実用新案権が実質的になくなったため、特許権の出願が急増しているという。以前から審査が遅く問題になっていた。日経新聞によると、昨年は、審査請求から特許が認められるまでの期間は約29ヶ月であったという。約2年半である。権利取得までにこれだけ時間がかかれば、それこそ世界の競争に勝てなくなる。

最近急増している情報技術だけでなくバイオやナノテクなどの技術競争で世界に遅れをとる。審査が遅れればそれだけ実施が遅れる。しかも、このままでは、今後ますます審査期間が延びるという。そこで政府はどのような対策を取ったかというと、「特許審査迅速化法」なる法律を作るという。しかし、どのようにして迅速化し、どのくらいの期間で審査できるようになるのかというと、業務の効率化を行って半年で審査できるようにする計画らしい。

かなり、無茶で安易な考えである。審査期間を29ヶ月から6ヶ月に、つまり約5分の1にするということは、業務量を5分の1にしてしまおうということである。もしこれができたなら、現在はよほど無駄な作業を行っているものと思われる。また、そうでなければ、逆に、民間の企業も大いに参考になる業務効率化の先進事例となるに違いない。

ちなみに、2006年現在の状況は、出願件数がさらに増加したこともあり、審査期間が約3年になっており悪化している。また、審査官の話によると、急に新人の審査官を増やしたことと、中小企業及び個人に対しては早期審査をしているため、審査が杜撰になっているということである。ある審査官に審査時間を聞いてみると、審査時間は1件当たり3分しかない、と言っていた。実際にはそんなことはないだろうが、これでは、まともな審査などできるわけがない。

このような状況なので、特許審査を迅速化する計画は容易ではないことを特許庁も承知しているらしい。そこで、特許庁は審査料を現在の2倍にしてしまおうと考えた。そうすれば審査請求件数は減るだろうし、そもそも、出願件数が減るだろうと考えたのである。まったく無茶苦茶だというほかはない。最初は出願件数を減らすために実用新案権を無審査にし、次に、特許権の審査料を高くしたのである。これでは、発明・考案などするなと言っているようなものである。

特許審査料は現行9万9千500円であるが来年の4月から19万9千円となる。中小企業にとっても、また、起業しようとする個人にとっても大きな負担になる。いくら特許権が付与された後の特許登録料が多少安くなったとしてもあまり意味はない。審査を受けて権利が取得できるかどうかが重要なのである。中小企業や個人は特許という武器で事業化したり起業しようとしているのであるから。特許権が取得できなければ審査料は無駄になるのである。

ちなみに、2006年より中小企業及び個人は審査請求をするか否かの判断をする先行技術調査が無料でできるようになり、また、審査料を免除又は減額されることとなった。

いったい、特許庁は何を考えているのであろうか。また、欧米のまねをしようとしているのだろうか。現在、わが国では特許出願件数が欧米の2倍になっているという。そこで、欧米並みに減らそうとしているのかもしれない。あるいは、大企業を想定して対策しているのかもしれない。

大企業では豊富な資金を使って特許になりそうなものなら何でも出願し特許権を取っておこうとする。しかし、取得した特許を基に事業化する意思はない。事業化するコア技術はむしろ特許を取らないからである。マイクロソフトのWindowsと同じである。つまり、特許を取らないで、すなわち技術を公開しないでノウハウとして保有するのである。

なぜなら、公開したとたんに競合他社に類似技術を開発され事業化されてしまうからである。かつてのソニーの二の舞を踏みたくないのである。そして、防衛のためにコア技術の周辺の技術や関連技術を特許にしておくのである。

したがって、大企業は多くの特許を持っていても実際にはほとんど使用していない。そこで、特許庁は審査料を現在の2倍にして審査請求件数、しいては出願件数を欧米並みに減らそうと考えたらしい。確かに大企業にとっては特許戦略を見直すことになろう。

しかし、中小企業や個人にとっては逆効果である。つまり、中小企業や個人が特許を武器に事業化したり、起業したりするのを妨げることになる。経済発展の担い手である中小企業や創業したいと思っている個人の活力をそぐことになるのである。特許庁は単に特許出願件数を減らすことを目的にしているように思える。本来の目的である特許権が経済発展の原動力となることを忘れているのではないだろうか。

その上まだ問題がある、日経新聞によると、特許権や実用新案権について裁判できる裁判官がいないという。全国にいる2千人の裁判官のうち大学工学部の卒業者はわずか10人程度だという。工学部と言っても分野はいろいろある。裁判官が1人もいない分野もあろう。これで世界の特許戦争に勝てると思っているのだろうか。特許裁判を専門に行う裁判所も設立するというが、裁判官がいないのに裁判所を作っても意味はない。このような状況では、知的財産立国構想など単なる妄想に過ぎない。

そこで、最後に、私の考えを述べることにする。まず、特許庁はお役所らしい仕事だけをしていれば良い。特許権の申請受付と書類上の形式審査などである。そして、特許庁内に分野別の審査委員会を設置して実体審査は民間で行うのである。委員は大学の研究者や企業の技術者、弁理士などで構成する。このようにすれば最先端の技術に関する審査が早くできるようになる。

そして、委員は3年で交代し、常に最先端の研究者・技術者で委員会を構成するようにする。また、審査委員経験者はこの経験を生かして、各地で発明および、出願をする人の支援をする。こうすれば審査の迅速化が図られると同時に発明や出願の無駄を省ぶことができる。また、特許裁判の迅速化についても同じように専門の研究者や技術者の活用を考えるべきである。工学・技術だけでなく医療に関する裁判についても、経営・経済などに関する裁判についても法律専門の裁判官では正しい裁判ができるとは思えない。

ちなみに、2006年より民間の研究者・技術者を活用するようになった。つまり、私の考えと同じになったが、誰が考えてもこうなるだろう。

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