次ページ  目次

開発&コンサルティング

第42回 動機づけには良い刺激が必要である

前回、動機づけについて書きましたが、今回も引き続き動機づけについて書いてみようと思います。前回は主に動機づけに関する先人の研究成果について書きましたが、今回は私の考えを中心に書いてみようと思います。

前回、私の考えとして、「動機づけは自分でやりなさい、会社や上司に期待してはだめです」と書きました。仕事は勉強やスポーツと同じで、自ら努力しないとダメだからです。上司、先生、コーチなどがどんなに一生懸命になって指導しても、また環境や条件がいくら整っていても、本人がその気にならなければダメです。昔から言うように、「馬を水辺に連れて行くことはできるが、水を飲ませることはできない」のです。では、本人がその気になるには何が必要かと言いますと、それは良い刺激です。

他の人よりすぐれている人たちは、やはり長い間継続して取り組んでいるのです。例えば、スポーツ選手は子供の頃からスポーツに親しんでいます。継続は力なりですが、継続してやるには良い刺激を継続して与えないとだめなのです。スポーツや勉強は誰もが子供の頃から学校でやらされていますが、ぜんぜんダメな人もいれば、ずっと継続してやっている人もいるわけです。ぜんぜんダメな人は残念ながら良い刺激がなかったのです。

よく、勉強ができないと頭が悪いと言いますが、これはもちろん違います。勉強しないからできないだけです。頭の良し悪しとは関係ありません。医学的には、人間の頭脳はほとんど使われていないということですから、いくらでも頭を使う余地があるのです。使わないから頭が悪くなるのです。

例えば、私事で申し訳ありませんが、参考になると思われるので、私のことを例に挙げて説明することにします。私は中学1年の時に知能テストを受けました。その結果、山下清画伯と同じ67点だと言われました。当時、私は山下清という絵描きさんのことは知りませんでしたし、テストはすべて100点満点だと思っていましたから、67点なら私にしては良い点数だと思いました。

その時に、魯鈍(ろどん)だとも言われました。しかし、魯鈍の意味が分からなかったので家に帰ってから辞書を引くと、「馬鹿、知恵おくれ」と書いてありました。それで、私は正真正銘、本当の馬鹿だということがわかったのです。ショックでした。その日の夕食は食べる気がしませんでしたし、夜も寝られませんでした。

私はゆっくり時間をかけて考えるのが好きだったのです。なぜそうなるのかに興味があったのです。それで、一定の時間内に多くの問題を解かなければならないテストはいつも成績が悪かったのです。単に意味もなく暗記するのは特に嫌いでした。漢字書き取りや英語の単語、歴史年表などを覚えるのが大嫌いだったのです。ですから、学校の成績も悪いわけです。

中学時代、私が遊び以外で面白いと思ったのは、図画工作と、本を読むこと、それに小学校の時の算数や理科の問題を解くことです。模型のヒコーキや模型の船、そして真空管ラジオなどを作っていましたし、よく市立図書館に行っていろいろな本を読んでいました。また、小学校の算数や理科の問題を解くのが大好きでした。ゲームのように遊び感覚で解きました。

なぜそうなるのかがわかるからです。中学生が小学校の問題を面白がって解いていたのですから、端から見てもやはり馬鹿だったのでしょう。以前、ビートたけしさんが司会して、平成教育委員会というのをテレビで放映していましたが、同じような事を私は毎日面白がってやっていたのです。私にとって算数や理科の問題を解くのは遊びと同じでした。

家が農家だったので、学校から家に帰ると、いつも父に働けと言われるのです。宿題をしようとすると、「男は汗水流して働くもんだ、勉強なんてするもんじゃねえ」と父に言われるので、私は、家にいたくなかったのです。それで、私はよく市立図書館に行って宿題をしたり、いろいろな本を読んだりしていました。

あるとき、世界の7不思議という本があって、セントエルモの火、海坊主、ブロッケンの妖怪などの面白い話が載っていて、その中に円周率というのがありました。円周率というのは永久に割り切れない数字であり、現在、何十万桁まで計算した人がいて、その人はすでに数十年の間、毎日計算している、と言うことが書かれていました。当時はまだコンピュータはもちろん、何十万桁も計算できる計算機もありませんでしたので、手書きで計算していたのです。それで、私は興味を持って円周率を10桁ぐらいまで覚えたのです。

ある時、数学の先生が何かの都合で学校をやめることになって、代わりの先生が来ました。その先生は若い女の先生でしたが、男のような先生で、しかも与太っているのです。いつものように、出席を取った後で、与太りながら「あー、君たちの中で、円周率ちゅうもんを知ってる者おらんか」と言ったのです。クラスの中では誰も手を上げる人はいませんでした。私は、恐る恐る手を上げ、いきなり、3.1415・・・・・・と言ったのです。クラスのみんなは何が何だかわからないようで、唖然としていました。

その時、先生に大変褒められました。その後、算数がいっそう好きになり、面白がって算数遊びをやっているうちに、いつのまにか中学の数学も面白くなってきました。本当に寝食を忘れて数学遊びをしていたのです。そしてついに、難しい問題まで解けるようになったのです。数学のテストで100点は○○と守屋の2人だけ、とクラスのみんなの前で担任の先生に言われた時の喜びは今でも忘れません。私は本当は馬鹿ではないとわかったからです。

その時からずっと同じ方法で勉強しています。つまり、興味のあることを、できるところから勉強するのです。そうすると、いつのまにか面白くなって、夢中になってしまうのです。これは仕事でも全く同じです。自分が興味のある仕事をやるのです。就職する時に、大会社だからとか、給料が良いからとかで会社を選ぶと一生後悔しますよ。

私は、大学を卒業して就職する時に、製品開発の仕事がしたかったので、製品開発をさせてくれる会社を探しました。大企業では新入社員に製品開発をさせてくれる会社がなかったので中小企業に就職しました。当時は、高度経済成長時代で、国立大学工学部卒業であれば大企業に就職できたのですが、私はそうしませんでした。

何かをやろうとする時に、悪い刺激と良い刺激とがあると思います。悪い刺激とは、やる気を無くすような刺激です。例えば、親が子供の顔さえ見れば、勉強しろと言ったり、成績が悪いと叱ったりすることです。そんなときに、子供はやる気を無くすのです。誰でも身に覚えがあるでしょう。

これは仕事でも同じです。仕事の成果が上がらないと闇雲にしかる上司がいますね。こんなときに、部下はやる気を無くし、やけ酒でも飲みたくなるのです。では、どうすれば良いかと言いますと、まず成果が上がらない原因を良く調べることです。そして、その原因を取り除く努力を上司と部下とで一緒にやるのです。そして、上司は部下を励ますのです。

ところで、どこの会社にも自己申告制度というものがありますが、ほとんど生かされておりません。書類を書かせるだけです。前回、動機づけのためには会社が環境整備をしなければいけないと書きましたが、それは、例えば、自己申告制度があるのならそれをきちんと生かすようにしなければいけないという意味です。

会社の都合で、本人の希望がかなえられないのなら自己申告書など書かせない方が良いのです。書かせるだけというのは非常に残酷な行為です。期待させておいてそれを裏切るのですから。目の前にごちそうを並べておいて食うなと言っているようなものです。やる気を無くすのはあたり前でしょう。

私は自己申告制度というのは、制度そのものを止めるべきだと考えております。それよりも、応募制度にすることを提案します。例えば、この度〇〇という仕事が必要になった。やってみたい人は申し出なさい、という具合に募集するのです。会社が募集してそれに応募する形の方がよいと思います。何でも募集するのです。

部長になりたい人、◯◯部に行きたい人、△△支店へ行きたい人、早期退職したい人、などです。募集しても、誰も応募しなければ、それは内容が悪いからです。内容を直せば良いのです。内容が悪いまま、業務命令だと言ってやらせても、本人にやる気がなければ確実に失敗します。応募制度なら会社の都合でできますし、従業員のやる気を引き出すことにもなります。

これとは逆に、業務命令というのは諸悪の根元です。本人のやる気をなくすためにあるように思います。なぜなら、この言葉は本人が気が進まないときに、無理矢理やらせる場合に使うからです。そもそも、会社の都合の良いように従業員を使って、挙げ句の果てにリストラでは従業員はやりきれませんよ。

現代の若者は会社のために働いたりしません。みんな、自分のため、家族のために働くのです。このことをいまだに分かっていない会社があります。特に大企業に多いです。そのうちに、若い人たちにそっぽ向かれるでしょう。人間がやる気を出すと、ものすごい力を発揮するのを知らないのでしょうか。やりたくてやるのとやりたくないのに嫌々ながらやるのとでは、おそらく何十倍、いや何百倍の違いになるでしょう。

人にやる気を出させるためには常に誉めろ、とよく言います。しかし、これは少し違います。子供なら別ですが、そんなことで大人は動きません。大人は認められると動くのです。誉めるのと認めるのとは違います。誉めるのは個人的なことですが認めるのは公のことです。公私を区別すべきです。課長に飲み屋で誉められても喜んではいけません。たんなるご機嫌取りですから。課長に課内会議でみんなの前で誉められたら喜びなさい。それは認められたのですから。

人は、その人が持っている能力よりも低い能力でできることばかりをやらせると「ダラク」し、持っている能力と同じ程度の能力でできることばかりをやらせると「マンネリ化」し、少しだけ難しいことをやらせると「ヤル気」を出し、高い能力が必要なことをやらせると「アキラメ」るのです。

上司はこのことを考えて、仕事を与えるようにし、本人も自分から少し難しいと思う仕事を探してやるのです。容易で楽な仕事ばかりやっていると自分がダメになってしまいます。何度も言いますが、まず、自分が興味のある仕事をやらなければいけません。これは一生の問題ですよ。興味があり、ちょっと難しいと思うことを常に自分に与え続けることです。そして、時々自分を試すのです。勉強ならば試験。スポーツならば試合。仕事ならばこれまで実施したことのない仕事に取り組んで成果を出すのです。これが良い刺激となるのです。失敗しても、成功しても良い刺激になります。

Ⓒ 開発コンサルティング

次ページ  目次