社会科学の中で古典中の古典と言われ、名著中の名著と言われ、また、難解中の難解とも言われている、チェスター・バーナードの『経営者の役割』を是非とも経営者の皆さんに読んでいただきたいと思います。しかし、これは第一章から順に読まない方がいいです。
夏休み、皆さんどのようにお過ごしでしょうか? 私は1ヶ月ほど前に足首を手術しましたので、しばらく好きな山歩きができず、しかたなく本でも読むことにしました。実は、本棚には買ったまま読んでいない本がたくさんあるのですが、そのような最近の本ではなく、夏休みらしく古典を読むことにしました。
学生時代に読んだ思い出の本、チェスター・バーナードの『経営者の役割』を読み直してみることにしたのです。また、この本を経営者・管理者の皆さんにも是非とも読んでいただきたいと思い、読み方をここに掲載することにしました。お勧めする理由は、
からです。要するに名著中の名著だからです。この本を読んで刺激を受けた多くの人が、この本の内容をさらに発展させる研究を行いました。例えば、「意思決定」の研究でノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンもその1人です。
日本人が大好きなドラッカーの本ばかり読んでいないで、たまにはこのような本物の経営者が書いた経営書を読むことをお勧めいたします。
さて、私が経営学部の3年生の時に、4年生の先輩がゼミの教材として是非ともバーナードを読んでみたいと言った時、ゼミの先生はそれは止めた方が良いでしょうと言われました。あなた方にはバーナードを読みこなす力はありません、もっと基礎的なことをしっかり勉強してからバーナードに取り組んでください、と言われたのです。
その時は先輩も納得したようなのですが、その次のゼミでその先輩は再度先生にお願いしたのです。今年が学生時代最後になります、学校を卒業してしまったら先生の教えを受けることが出来ません、がんばって読みますから是非教えてください、と。
すると先生は次のようにおっしゃいました。我が国には多くの経営者や経営学者がおりますが、バーナードを理解している人は恐らく10人とはいないでしょう。もし、あなた方の中で『経営者の役割』を3回読んでわかったという人がいましたら私のところに来てください、どの程度わかったのかを確かめた上で教材として取り上げるかどうかを決めます、と。私たちは唖然としてしまいました。日本でバーナードを理解している人は10人とはいないと言うのですから。
ところが、そのまた次のゼミで先生は次のようにおっしゃったのです。前回は大変申し訳ないことをしました。皆さんが勉強しようとする意欲を踏みにじってしまいました。今度のゼミの教材はバーナードの『経営者の役割』を取り上げることにいたします、と。
そして、次のようにも言われたのです。バーナードを読むに当たって、皆さんに注意しておきたいことがあります。それはバーナードの解説本がたくさん出ていますが、それらを絶対に読まないでください。どんな本を読む時でもそうですが、バーナードを読む時には特に注意してください。難しいからと言って解説本を読んでしまうとその解説者の考え方に迎合してしまうからです。バーナードの考え方に対して純粋に自分がどう考えたかが大切なのです、と。
さらに、次のようにも言われました。古典というものがなぜ古典と呼ばれるのかと言いますと、長い間多くの人たちの批判を受けても、なおかつ現代に残っているからなのです。ですから、皆さんがそういう本を読む時には、静かなところで雑念が入らないようにして良く考えながら読んでください、と。更に次のようにも言われました。この本は前回話したように非常に難しい本なので第1回目のゼミの時までに、少なくとも3回以上読んでおいてください、と。
その後、1人1章づつ分担を決めて、第1回目に臨むことになったのですが、私は第6章を受け持つことになりました。実は、このことが私にとって非常にラッキーだったのです。
私は当然最初のページから読みはじめました。序文が5つもあります。最初の2つが翻訳者のもの。次がハーバード大学のケネス・アンドルーズ教授(SWOT分析で有名)のもの。後の2つがバーナード自身のものです。最初の3つすなわちバーナード以外の人たちの書いた序文すら理解しずらいのですが、どうもこの序文では3人ともが、この本は組織に関する最も優れた本である、ということを言っているようなのです。しかし、この本の表題は「経営者の役割」です。組織について書かれた本ではないはずなのに、と私は思いました。
次のバーナード自身の書いた「日本語版への序文」でこの私の疑問が解消されました。そこにはこう書いてあります。「私の意図したのは、管理者は何をせねばならないか、いかに、なにゆえに行動するのか、を叙述する事であった。しかしまもなく、そのためには、彼らの活動の本質的用具である公式組織の本質を述べねばならぬ事がわかった。ところが私の目的に適当な著書が何もないところから、私はどうしても正確にいうなら「公式組織の社会学」とでも呼ぶべきものを書かねばならなかった」と。
序文を読み終わると、私はすなおに第一章から読みはじめたのですが、数ぺージ読んだだけで頭が痛くなり読むのを止めてしまいました。本当に難解なのです。そこで私は自分の分担である第6章へと飛んで読んでみたのです。すると、なんとなく理解出来そうな気がして来たのです。公式組織の定義について書かれているのが第6章なのですから、それほど難しいわけないのです。しかし、第6章を3回読んでも理解出来ない部分がありましたので、その部分だけを原書を読んでみることにしました。
どのような本でもそうですが、翻訳がまずかったり誤訳があったりすることが良くあるからです。それと原書を読むことによって、著者の心が伝わってくるので、理解が進むのです。もちろん、訳本と見比べながら読むわけですから、辞書は必要なく、それほど面倒ではありません。自分の分担の第6章が何とか理解出来たので、もう一度第一章に戻って読んでみました。するとどうでしょう、何とか理解出来そうなのです。そこで原書と訳本とを読み比べながら、何度も読み直して自分なりに理解いたしました。そして、第一回のゼミに臨んだのです。
第一回目のゼミが終了し、フリートークの際に、私は、2人の翻訳者とアンドルーズ教授の序文について、バーナード自身がこの本で意図したこととは違うのではないでしょうか、と先生にお話しました。すると先生はびっくりして「君はバーナードを理解できる人だ」とおっしゃったのです。
そして、次のように言われたのです。「この本の翻訳者も、また、ほとんどの経営学者もそのことがわかっていないのです、世界中でこの本が組織についての記述で高い評価を得、バーナードは近代組織論の父などと呼ばれているので、みんなそのように理解しているのです。しかし、この本はもちろん経営者の役割について書かれている本なのです、ですから解説書を読んではいけないと言ったのです」と。また、「ちなみに、ハーバード・サイモンはこの『経営者の役割』を読んで経営者の役割の中で最も重要な意思決定について研究を深めノーベル賞を受賞したのです」と。
先生にそのように言われたので、私は調子に乗って、第1章から第5章までの内容について、「これは、第1部 協働体系に関する予備的考察、としてまとめてありますが、この部分は第6章の公式組織の定義以降の内容を、より深く理解するための単なる言葉の解説のような気がいたします、この本を読む時には第6章から順に読んでいって読み終わってから第1章に戻って読んだ方がわかりやすいと思います」と、身の程知らずの大胆な発言をしてしまったのです。
すると、先輩たちはゲラゲラ笑ったのですが、先生は本当にびっくりしたようで、次のように言われました。「君はバーナードを理解できた日本で10人のうちの1人です。実はこの第1部は最初はなかったのです。バーナードはこの本を最初書く時に、公式組織の定義から書き始めたのです。つまり、この第1部の第1章から第5章までは後から書き加えたものなのです」と。
さらに、次のようにも言われました。「このことを見破った君は本当にすばらしい、私は君のような学生を教えて本当に嬉しい。教師冥利に尽きます」と。私はこんなこと言われたのは後にも先にもこの時だけですが、たまたま私の分担が第6章だったことが幸いしたのです。その後、私はどんな場合でも人の意見は参考程度にして、自分の感性や考えを大事にするようにしております。経営者の皆さんも、ほかの経営者や経営コンサルタントなどの意見はあくまで参考程度にして、ご自分で考え、意思決定されるようお勧めいたします。
Ⓒ 開発&コンサルティング