今回は製品のコストダウンの具体的事例について書いてみたいと思います。10年以上前の事例ですが、私が今までお手伝いした製品のコストダウンの中で最も大きな製品です。それは27,000トンのバルクキャリアです。バルクキャリアというのはバラ積みの貨物船です。全長約170m、高さ約23mで東京の丸ビルぐらいの大きさです。北米航路を航行する船舶です。コストダウンの活動期間は約6ヶ月半。コストダウン目標は直接原価(変動費のみ)の20%です。これは船主さんとの契約に基づく見積もり方法で計算したものです。
推進体制は社長を推進委員長とし、役員全員を推進委員とした推進委員会、具体的な案を作るプロジェクトチーム(メンバーは専任17名)、その案を検討して、実行する各部門長からなる実行委員会、及び事務局、そしてこれら全体に対して具体的な提案及び助言をするコンサルタントです。この事例の内容は活動終了後にプロジェクトチームのメンバーが造船学会で発表しましたので、すでに公開済みです。いっしょにコンサルティングした他のコンサルタントもおりますが、この活動のすべてに関わったのは私だけですから、この活動の一部始終は私しか知りません。
この造船会社(一部上場)では、長い造船不況から通常の業務はすべて係長以下の人たちでこなしており、課長以上の人たちはあらゆる領域の改善改革に取り組んでおりました。つまり、課長以上の幹部がいなくても、会社は支障なく動くということです。そういう状況でしたから、我々コンサルタントが最初に伺ったときに、船のコストダウンが如何に難しいかという話しを懇々と聞かされました。
実は、こういうことはどこの企業に行っても同じなのです。どこの企業でも企業努力で毎年コストダウンを実施しています。そこへ、コンサルタントと称する、ど素人がやってきてコストダウンをすると言う。しかも、どんなにがんばってもせいぜい2~3%程度なのに、20%以上を目標にするという。何を言うか、このど素人が、ふざけるな!というわけです。
しかし、如何にコストダウンが難しいかという彼らの話は、コンサルタントにとっては、待ってましたです。なぜなら、彼らが取り組んでいるコストダウンや製品作りの考え方がわかるからです。通常は何が難しいかが具体的にわからない場合が多いのです。彼らからすれば、ど素人にかき回されてたまるか、という気持ちがありますから、我々を断固排除しようとします。
しかし、我々は社長から依頼されて来ているわけですから、はいさようならというわけには行きません。そこで、そう言わずに我々の話を聞いてください、と言いながら、こちらのコストダウンの考え方や進め方の概要を説明させていただきます。すると、彼らは少し考えが変わって、やってみるのもムダではないという気持ちになってきます。
さて、最初のうちはいろいろな調査や地道な機能分析の作業に明け暮れるわけですが、調査している段階で、設計上の疑問点やコストダウンの可能性が段々と見えてきます。こうなって来ると、プロジェクトメンバーを始め活動に参加している人たちが、成果を期待して急速に活気を帯びてきます。しかし、成果を出すのはそう簡単ではありません。たとえば20%のコストダウンをする場合、倍の40%程度の実行可能なアイデアが必要なのです。後で再検討すると、実際使えるのは半分ぐらいになってしまうからです。
したがって、プロジェクトメンバーやコンサルタントに任せておけば良い、などと考えている企業では絶対に良い成果は出ません。全社員が協力出来る体制と雰囲気づくりが必要です。どんな活動をする場合でも、固有技術や改善改革技術とともにマネジメント技術が必要なのです。
では、具体的な改善案をいくつか紹介します。まず煙突です。私は煙突はエンジンの燃焼効率を高めるのが目的だと思っていましたが、当時すでにエンジン自体が完全燃焼するように設計されていて、煙突がなくとも燃焼には支障ないということなのです。では、何のために煙突はあるのかということで議論になりました。結局、国際法によって煙突に国籍、船籍、ナンバーなどを表示しなければならないと決められているためということでした。
そうであれば、車のナンバープレートと同じだというので大幅に軽量化した上で、その位置を変えてしまいました。エンジンの上にあると、船をバックさせる時に、視界が遮られて邪魔だからです。さらに、エンジン自体もコンパクトになっているので、エンジンルームを小さくできることに気づきました。これは大きな改善です。なぜなら、エンジンルームを小さくした分、貨物を余分に積めるからです。コストダウンだけでなく売り上げも増える事になります。これらの改善案は煙突は何のためにあるのか、という素朴な疑問から発見したのです。
次に船体外板の板厚です。条件設定の際に、これは不変の条件であるとなっていましたが、私はその根拠を確認するようにお願いました。しかし、チームメンバーは、これについては天皇陛下にお伺いしなければならない、と言うのです。この会社には天皇陛下と呼ばれている設計のプロがいて、この人の言うことは社長でも逆らえないということでした。そのうえ、実は、板厚については業界で決められており、変更は絶対にできないということなのです。
しかし私は、自分が納得しないと気が済まないたちなので、どうしても調べて欲しいと言いました。と申しますのは、私はかつて自動車部品の設計をしたことがあり、強度計算などをいくら細かく正確にやっても、最後に安全係数をどうとるかによって設計仕様が大きく変わってしまうことを知っていたからです。メンバーが強度計算してみましたら、やはり安全係数を必要以上に大きくとっていることが分かりました。そこで彼らも調べる気になりました。
しかし、それからが大変でした。まず、プロジェクトメンバーの母校へ行きまして、造船工学の先生に調べてもらったのです。そうしたところ、イギリスの保険会社ロイズ社が決めたものだとわかりました。保険会社として世界で最も力を持っているロイズ社ですから絶対です。でも私は、ではロイズ社に聞いてみたらと言いました。そこでロイズ社に手紙を書いたのです。1ヶ月ほどしてようやく返事が来ました。手紙によると、戦争が起こって攻撃されても沈められないようにするためだと書いてありました。
そこでプロジェクトチームで検討した結果、次のような提案をロイズ社に対して行うことにしたのです。「現代では兵器が優れているため、現状の板厚では簡単に穴があき撃沈されてしまう。むしろ、板厚を薄くして船を軽くし、スピードを上げた方が攻撃を避けられるのではないか」と。これに対する返事は残念ながら来ませんでした。したがって、この案はボツになりました。
しかし、もし、ロイズ社これが受け入れられたなら、世界中の船のコストが大幅に下がるだけでなく、船のスピードが上って造船会社も海運会社も、また、我々消費者もその恩恵を受けることになるでしょう。実は、最近、ロイズ社が会社更生法を申請したという記事を新聞で読んで、私はこの事例を思い出したのです。そしてこの事例を書いてみようと思ったのです。
その他、主な改善案を書いてみます。
以上、主な改善案について書きましたが、この活動の結果、コストダウン金額は、船主さんとの契約による見積もり方法で33%、チーム独自のよる厳しい見積もり方法で21%となりました。当然、数億円のコストダウンとなります。ところでコストダウン技術については、独自技術を含めて別の機会に書くつもりですので、今回は割愛させていただきます。
さて、コストダウンにしろ新製品開発にしろ、終わってみれば何だそんなことだったのかという場合が多いと思います。つまり、コロンブスの卵なのです。コンピューターだって後からその原理を学んでみれば、何だそんな簡単なことか、です。でも、ご存知のように、最初に考えて実施するのは容易ではありません。目標を達成するためには、ごく当たり前のことを徹底的に調査検討することだと思います。
Ⓒ 開発&コンサルティング