前回に引き続き、製品のコストダウンの事例を書いてみようと思います。今回は、私がこれまで取り組んだ中で、部品点数が最も少ない製品です。対象製品はテレビやラジカセなどに使われている、低音域から高音域までをカバーするフルレインジ・スピーカーです。
一般に、コストダウンが難しい製品というのは、(1)部品点数が少ない、(2)ライフサイクルが長い、(3)生産数量が多い、(4)技術的、構造的に簡単、などです。その理由はお分かりだと思います。長い間多くの人に検討され尽くしているからです。このような製品を枯れた製品と言いますが、スピーカーというのは枯れた製品の代表です。つまり、コストダウン余地が全くないと考えられている製品です。
この事例のクライアント企業はスピーカーのメーカとしては日本を代表する企業です。しかも、コストダウン技術が優れており、VE研究についても日本を代表する企業です。では、なぜそのような企業がコンサルタントに依頼をしてきたのかと申しますと、新しいVE(当時では)を取り入れたかったからです。それは、製品アイテムを対象にするのではなく、製品グループを対象にしたコストダウン技術です。つまり、類似製品、類似機種をまとめてコストダウンする技術です。ポイントは仕様のモデル化、部品の共通化にあります。つまり、対象製品グループに関わるコスト変動要因を全てリストアップし、それらがコストとどのような関係になっているかをグラフ化して、コストダウンの余地を探っていく技術です。
製造の分野では昔から使われている技術なのですが、設計や開発の段階ではあまり活用されていなかったのです。この企業でも、この技術を活用したことがなかったのです。ちなみに、現在でもあまり活用されていないようです。スピーカーと言うのは多くの機種があり、多くの類似製品がありますから、この技術は有効であろうということから、この技術を取り入れようとしたのです。しかし、この企業ではすでに検討し尽くしているので、新しい技術であってもコストダウンの可能性はまずないとして、目標を決めずに活動を行うことにしました。
最初は、通常のVEを適用し、念のため見直しすることになりました。その結果、いくつかのコストダウン余地が発見されました。やはり見逃しはあるものです。その中で、1つだけ具体例を書きましょう。スピーカーはほとんどがラジカセやテレビなどに組み込まれます。つまり、スピーカーのメーカーからテレビなどの家電メーカーに販売されるわけですが、その時に組み込みしやすいようにターミナルをつけております。これは最終製品としては必要のない物です。
ところが、これは企業間の取り決めで必ず取り付けることになっており、制約条件として設定されておりました。しかしながら、何とか取り外せないかとセットメーカーに相談したところ、実は、かえって邪魔でわざわざ取り外してから、直接はんだ付けしているという事実がわかりました。お粗末な話です。こうなった原因は家電メーカーの製造現場と購買部とのコミュニケーションが取れていなかったためです。
さて、製品グループを対象に、コスト変動要因をリストアップしたところ、ほとんどがすでに検討済みであることが分かりました。しかし、その検討方法が分かりませんでしたので、全て、再確認してみようという話になりました。そうしましたら、基本的に重大な事項について検討漏れが発見されました。あまりにも細部にこだわってしまったため、重大な事項に気づかなかったのです。それは次のような内容です。
スピーカーというのは非常に簡単な原理で出来ております。電磁石の電流の大きさを変化させると磁力の大きさが変化する。その変化を紙(コーン)の振動に変えると音が出る。これらについての性能とコストの関係が充分検討されていなかったのです。つまり、磁石の大きさ、形状、コイルの太さ、コーンの質、大きさなどについて、個々の検討はされていたのですが、機種別の相互の関係が十分ではなかったのです。
JIS規格にある手ごろのものを採用していたために、それらが機種別に最も良い性能を発揮するように組み合わされているか、など製品グループとしてのコストの検討が不十分だったのです。コイルの太さなどはいろいろありますが、電磁石用の馬蹄形の磁石などは大きさや形状がJISで段階的に決められており、その中から適当なものを採用していたのです。馬蹄形の磁石などは簡単に作ることが出来るのに、性能の合わない規格品を使っていたのです。単純に、規格品の方が安いと判断していたようです。大量に生産する場合は金型を起こしても安く作れます。同じことがコーンなど他の部品にも発見されました。これらについては共通化も出来ました。
結局、7.3%のコストダウンが出来ました。快挙ということで業界新聞に掲載され公開されましたが、私にとっては、コストダウンの割合は過去最低の数字でした。生産数量が多いので、金額では数億円のコストダウンとなります。
ところで、製品のコストダウンの場合は新製品開発と違って実際の製品がありますから、どうしても現物から離れることが出来ません。つまり物を見てしまうのです。物ではなく機能を見る訓練が必要なのです。そしてその機能がどのように製品化されたのかを確認する必要があります。そうすると、設計者の考え方が見えてくるのです。そのためには、各種の条件の整理確認が欠かせません。その上で、機会損失を探すのです。つまり、製品そのものがこの世に存在しなかった時点を想定して、原点から検討してみるということです。そういう意味では、製品のコストダウンは新製品開発と同じなのです。
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