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開発&コンサルティング

第17回 勉強も仕事も事業も興味のあることをやるべきである

先日このホームページを見てくださった中堅企業の社長さんからお手紙をいただきました。「息子さんを将来の次期社長として考えているのだが、その息子さんが現在高校生で頭が悪い、どうしたらあなたのように頭が良くなるのか教えてほしい」というものです。私は工業高校出身ですが国立大学を出て大学院まで行っているので、頭が良いと考えたようです。私事に関わることなのですが、皆さんの参考になるかもしれないと思い、私の勉強方法について、また仕事の方法について書くことにします。

私の勉強方法について書く前に、私が勉強に目覚めた?ことから書いた方が良いと思います。中学1年の春に知能テストを受けました。テストの前に、どれも簡単な問題であるが正確にしかもできるだけ早く、そして、できるだけ多く回答するように、という説明を受けました。10人一組になって、図書室のテーブルの周りにすわってテストを受けたのですが、みんな驚くほど早いのです。テスト用紙がたくさんあって、一枚目の回答が半分ぐらいできたときに、周りの人たちは二枚目に取りかかっているのです。私も負けじと一生懸命取り組んだのですがとてもかないませんでした。

1ヶ月ほどたってから結果を知らされました。あなたは67点で「ろどん」になります。同じ67点で山下清という有名な画家がいますからあなたも有名になれるようにがんばってください、と言われました。私は最初100点満点だと思っていたので、67点ならかなりいい成績だと思いました。と言うのも、私の小学校の通信簿はほとんどが、3(普通)と2(やや悪い)でしたので、点数で言えば30点から40点ぐらいだったからです。

「ろどん」の意味が分からなかったので、家に帰ってから辞書で調べてみました。「馬鹿、知恵遅れ」と書いてありました。ショックでした。その日の夜は寝れませんでした。「俺は、本当は馬鹿なのだ、知恵遅れなのだ」ということがわかったからです。翌日学校へ行きましたら、担任の先生から特殊学級に移るかと聞かれましたが私は断りました。なぜなら、特殊学級と言うのは、中学生なのにいつも幼稚園のような授業をしているからです。

私は本を読むのが好きでした。しかし、家ではいつも父から、働け、働けと言われていましたので、家で本を読むことができませんでした。家は兼業農家で畑仕事をいつもやらされました。そこで私は放課後や休日に市立図書館へ行って本を読んで過ごしました。釣り、ハイキング、模型飛行機の作り方、真空管ラジオの作り方などの本を読みました。また、漱石の「坊ちゃん」などの小説も読みました。学校の勉強はほとんどしませんでしたが、本を読むのは好きだったのです。自分が興味があって知りたいことはなんでも本に書いてあるからです。

ある時、世界の七不思議について書いてある本を見つけました。面白そうだと思って読んでいましたら、「セントエルモの火」「海坊主」「ブロッケンの妖怪」などいろいろある中の1つに、円周率というのが書いてありました。円周率と言うのは、円周を直径で割った数字で、小数点以下永久に続き、絶対に割り切れない数字だというのです。世界で何十万桁まで計算した人がいて、その人はなんと十数年間、毎日朝から晩まで計算し続けた、というようなことが書いてありました。面白いなと思い、円周率に興味がわき、一生懸命に円周率の数字をできるだけ多く覚えたのです。

それからしばらくして学校で私にとって大きな事件がありました。数学の先生が何かの事情でしばらく休むことになり、その代わりの先生が来たのです。その代わりの先生は若い女の先生でしたが男のような話し方をするのです。その上、いわゆる与太っているのです。私はなぜかその先生が好きになりました。ある時、出欠を取った後、いつものように与太りながら、「あ~、君たちの中で円周率ちゅうもんを知ってる奴おらんか~」と言ったのです。誰も手を上げませんでした。私はおそるおそる手を上げて、いきなり3.1415・・・・・・と答えたのです。30桁ぐらいまで言ったのです。先生もクラスメートも唖然としていました。

その後、先生にたいへん誉められたのは言うまでもありません。その上、クラスでも守屋(私の名前)は本当はすごい奴だということになりました。この事があってから、私は数学が好きになってしまったのです。毎日数学の勉強をしたのです。数学を勉強することは私にとってゲームのような遊びになりました。本当に寝食を忘れて数学ゲームを楽しんだのです。父に「男は汗水流して働くもんだ。勉強なんかするもんじゃねぇ。働け!」と言われても「うるせぇ!」と言って数学を勉強したのです。

クラスメートの多くは数学が一番きらいだと言いますが私は一番好きでした。クラスメートは数学の勉強をするときに、公式を一生懸命覚えるのですが、私はそんなことはしませんでした。私は覚えるのが嫌いだったからです。公式を自分で作るのが面白かったのです。考えるということが本当に楽しかったのです。教科書に書かれていない公式を自分で作って、みんなに教えてあげたりしました。もちろん、数学の成績はぐんぐん良くなりました。そのころには、自分は本当は馬鹿なんだ、知恵遅れなんだということは忘れていました。

私は考えるのは好きですが、覚えるのは大嫌いです。なぜそうなのかを考えるのが好きなのです。自分が納得しないと面白くないのです。数学の次に好きになったのは理科です。実験をして確かめたり自分の目で見て納得できるからです。理科でも納得出来ないものもありました。たとえば、小学校の4年生の時に、先生は地球は丸いと言いましたが、私はどうしても納得出来ませんでした。自分で確かめることが出来ないからです。そのため、高校2年生の時に自分で確かめるまで、づっと、先生は嘘を付いているかもしれない、教科書に書いてあることは間違っているかもしれない、と思っていました。

私は数学と理科と図工以外は全部嫌いでした。国語や英語は、文法、漢字、単語などを覚えなくてはならないからです。なぜそうなるのかと先生に聞いても納得の行く答えをしてくれないで、とにかく覚えろと言うからです。社会は最も嫌いでした。覚えるだけの科目だったからです。例えば、645年に大化の改新という事件があった、と教科書に書いてあるのですが、なぜそういう事件が起こったのかは書いてないのです。そこが知りたいのになんで書いてないのかと憤慨したものです。

私は授業の予習復習は一切やりませんでした。授業は面白そうなものはよく聞くのですが、面白くないものは全く聞きませんでした。そして、いつも興味のある本を読んでいました。これが結局、勉強を好きになるきっかけになったと思います。興味のあることを調べたり考えたりするという自己流の勉強をいつもしていたのです。つまり、私の勉強方法は興味のあることしか勉強しない、興味のないことは全くやらないというやり方です。そして、興味があっても分からないところは納得するまで調べるというやり方です。したがって、勉強は楽しいものでした。畑仕事をするよりづっと楽しかったのです。

また、学校の成績は全く気にしませんでした。100点取ろうが0点取ろうがどうでも良かったのです。自分が面白いと思ったことしかやらないので、実際そうなってしまったのです。また、成績について父母にしかられたり誉められたりする事がなかったからです。なぜなら、私は中学を卒業したら就職することになっていたからです。また、当時は、中卒は金の卵と言われ、就職に困ることはなかったからです。

その後、少しづつではありますが他の科目にも興味を持つようになりました。それは、本を読むのか好きだったからだと思います。例えば、小説を読んでいると国語に興味を持つようになり、また、歴史の本を読んでいると、社会に興味を持つようになりました。その後、本をもっと読みたかったので、高校へ行きたいと思うようになりました。就職したら、もう本が読めなくなると思ったからです。そして、なんとか工業高校へ進学できて、畑仕事をしながら高校へ通って、無事に卒業し、就職しました。

工業高校の時に授業で工業経営学というのに出会って、興味を持ったので、工業経営学について大学で勉強したいと思うようになりました。そして、大学の工学部に入学したのは23歳のときで同級生より4歳年上でした。大学では親からの仕送りはなかったので、学費と生活費をボーイやバーテンダーをして稼ぎながら、無事に卒業しました。その後、さらに経営学の勉強をしたいと思うようになり、働きながら夜間大学に通いました。夜間大学では私よりずっと年上の禿げ頭の男子学生も、白髪頭の女子学生もおりました。さらに、大学院に入学したのは32歳のときです。

さて、私の勉強方法を理解していただいた上で、仕事も全く同じだと私は思うのです。興味のあることをやれば良いのです。金を稼ぐために働くのは、点数を取るために勉強するのと同じではないでしょうか。つまり、興味のないことをやって、つまらない時間を過ごしていては、良い仕事は出来ないと思います。自分が面白そうだと思った仕事をやるべきです。そうすれば、良い仕事ができるようになります。

企業経営についても同じだと思います。儲かるからその事業をやるというのは、やはり間違いだと思います。興味を持たない事業は結局失敗するからです。私は経営コンサルタントとして、経営者が興味を持たない事業、面白そうだと思わない事業は、どんなに儲かっても勧めません。いずれ必ず失敗するからです。興味がなければ結局人任せにしてしまうからです。人の採用についても、人との付き合いについても全く同様です。理屈ではなく何事も好き嫌いで決めるのが良いと思います。

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