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開発&コンサルティング

バルクキャリアのコスト削減を21%達成した事例

27,000トンのバルクキャリアを丸ごとコスト削減した事例です。バルクキャリアというのはバラ積みの貨物船のことで、自動車、石炭、鉄鉱石、家電製品、穀物などいろいろなものを運ぶ貨物船です。エンジンを除く船体全てをコスト削減の対象範囲とし、直接原価の20%を目標としてコスト削減を行いました。その結果、21%のコスト削減ができました。プロジェクト・チームメンバーは全員が専任で6ヶ月かけて活動を行いました。

バルクキャリア

世界で最も貨物船が行き来する航路は北米航路と呼ばれているもので、東南アジア、中国、日本などから出港し、太平洋を横断してハワイを経由しサンフランシスコやロサンゼルスに行き、その後、南下してパナマ運河を通り、大西洋を北上してニューヨーク、ボストンなどに行く航路です。

日本からは自動車、家電製品などを積み込み、帰りは穀物や石炭、鉄鉱石などを運んできます。この北米航路だけで世界の海運の90%以上を占めるらしいので、最も価格競争が激しい航路なのです。

この航路で勝ち残るためには、いかに効率よく多くの貨物を運ぶかにかかっているわけですが、そのためには貨物船自体をそのように設計しなくてはなりません。ところが、船というものは基本設計(骨格部分の設計)を変更するのはタブーとされているのです。なぜなら、船は航行中に時々台風やハリケーンなどに遭遇するわけですから、それだけ頑丈に作られているからです。

海上で台風やハリケーンに遭遇するというのは、言ってみれば、とてつもなく大きな大地震に襲われるようなもので、船が真っ二つに折れてしまうこともあります。このために、現代の船には航海の長い歴史から学んだ造船技術が生かされているのです。したがって、基本設計を変更するなどということは絶対にあってはならないことなのだそうです。

この造船会社には、通称、「天皇陛下」と呼ばれている設計のベテランがいて、この人の言うことは社長でも逆らえないということでした。活動のスタートに当たって、この「天皇陛下」から、基本設計に関しては絶対に変更してはいけないと釘を刺されました。

また、「20%もコストダウンするなんて正気の沙汰ではない、コンサルタントだか何だか知らないけれど、ど素人だからそんな馬鹿なことが言えるのだ」と、社長を始め幹部社員全員の前で「天皇陛下」に言われました。こういうことはどの企業でも最初に言われることなので、私はあまり気にしませんでした。特にベテランほど改善には抵抗するものだからです。

と言うのも、改善や開発はベテランがこれまでに培ってきた仕事を全て否定することから始めるからです。自分が数十年かけてこれまでに培ってきた仕事を否定されれば、誰だって怒り心頭に発するわけです。しかし、これまでの仕事を否定しない限り改善や開発はできません。私は造船工学を学んだわけではないし、船の設計を行ったことなど一度もなく、全くの素人ですので、「天皇陛下」が言うのは当たり前の話なのです。

しかし、コンサルタントはコスト削減や製品開発などの改善・開発技術を保有しているので、顧客企業と協力して、顧客企業が保有する設計・製造技術とコンサルタントが保有する改善・開発技術とを掛け合わせることによって、改善・開発を行うのです。

プロジェクト・チームのメンバーのほとんどが造船工学を専門とする技術者ですし、「天皇陛下」の直属の部下でもありますから、当初は20%のコスト削減なんてできるわけないというあきらめムードでした。しかし、「天皇陛下」にどのように言われようが、馬鹿にされようが、私は社長から依頼されてコスト削減のコンサルティングを行うわけですから、そんなことを気にしていては仕事ができません。

そこで、まず、チームの結束を図り、目的・目標に向かって意識の統一を図り、改善マインドを高めることが必要でした。これは、どの企業でも必要なことですが、この企業では特に必要でした。そこで、チームの行動則として、「できないとは絶対に言うな、どうしたらできるかを考えろ!」を第一番目に掲げました。その他、メンバーの意識改革と動機付けのためにいろいろな手段を講じましたが、ここでは割愛いたします。

<改善事例 1>

チームメンバーの意識が少し変わったのは最初に煙突のコスト削減に取り組んだときです。改善手法を説明するに当たって最初に事例として取り上げたのが煙突でした。煙突は私のようなど素人でも分かるからです。つまり、メンバーと共通認識ができるからです。

煙突の目的と機能(役割)は何でしょうか?と質問すると、メンバーの誰もが考え込んでしまいました。当初私はなぜこんな簡単なことが彼らには分からないのか不思議でした。

私が、煙突の目的は「燃焼効率を高める」、機能は「燃焼ガスや煙を排出する」「新鮮な空気を取り入れる」などではないでしょうか、と言いますと、メンバー全員がそれは違うと言うのです。それは昔の煙突であって、今の煙突はエンジンが完全燃焼できるように作られているので、燃焼ガスや煙はほとんど出ないと言うのです。最初にエンジンをかけるときに少しだけ出るが、それは別に設けてある排気ガスパイプから出るのであって、煙突から出るわけではないと言うのです。

では何のために煙突があるのか、煙突の目的は何か、また、煙突の機能は何かということで議論になりました。数十分話し合った結果、煙突の目的は、「事故や違反を防止する」、機能は、「船籍、船種、ナンバーなどを表示する」ことだということになりました。つまり、船の煙突は車のナンバープレートと同じであって、煙や排気ガスを出すものではないということです。

それならば、煙突の材料も耐熱性のものでなくても良いし、強度もそれほど必要ないということで、コスト削減ができました。そのうえ、煙突の設置場所もエンジンの上に設置する必要がないということから、船の操舵の邪魔にならない位置に移動させてしまいました。従来は操舵室のすぐ後ろに煙突があり、船を後退させるときに煙突に視界をさえぎられて操舵に支障があったのです。

煙突の改善ができたことをきっかけに、メンバーが活気づいてきました。気づいたことを次々と真剣になって検討するようになりました。メンバーがやる気になった理由の1つは、機能研究(目的と機能の追求)を徹底的に行ったために改善余地がメンバーにも見えてきたからです。

「天皇陛下」から絶対に変更してはならないと言われていた、船の骨格部分(基本設計)に関する機能研究だけでプロジェクト期間の3分の1、約2ヶ月かけました。作成した資料はA3サイズの用紙で1メートル以上の高さになりました。この機能研究は大変な作業であり、多くの企業では徹底的に行わないためにコスト削減が充分にできないのです。しかし、機能研究は顧客の立場で製品の企画・開発・設計を見直すことなのでコスト削減のためにはどうしても必要なのです。

<改善事例 2>

既にエンジンが完全燃焼できるようになっていることから、私のような素人でもエンジン自体が改良されて小型化・軽量化されていることが想定できます。そこで、エンジンルームの図面を見せてもらうと、エンジンの大きさに比較してエンジンルームの大きさがかなり大きいことに気づきました。そこで、その理由を尋ねると、メンバーたちは、また、考え込んでしまいました。

この空いている場所は何に使われているのか、ということで調査することになり、その結果、不要な備品の物置きとして使われていることが判明しました。つまり、エンジンは改良されて小型化・軽量化されているにもかかわらず、エンジンルーム自体は基本設計で決められたままで、全く変更されていなかったのです。

そこで、エンジンルームを狭くして、その分、荷物を余分に積めるようにしました。ここで、基本設計を変更することになったのですが、「天皇陛下」も文句の言いようがなく、しぶしぶ承知してくれました。船主(船のオーナー)さんにこのことを伝えると、大変に喜んでくれました。積載量が増加すれば売り上げが増加するからです。

<改善事例 3>

船の底から船体の周囲にかけて、バラストタンクというのが設置してあります。船に荷物をあまり積んでいないときには重心が高くなり転覆しやすくなるので、このバラストタンクに海水を入れて重心を低くし、転覆を防ぐのが目的です。また、船のゆれを小さくすることもできます。さらに、もし万一船が座礁したときに油が流失するのを防ぐこともできます。

ところが、北米航路では常に荷物を目いっぱい積んで航行するので、このバラストタンクを使うことはめったにないということでした。そこで、バラストタンクを二重に設置してある上部タンクについては一重にしてしまいました。これによってコスト削減ができるとともに積載量も大幅に増加しました。つまり、これまで海水を入れる予定の場所に荷物を入れるようにしたのです。

<改善事例 4>

船員は船の中で数ヶ月仕事をしながら生活をします。そこで、仕事と生活との両立をどのように図るが重要です。人間ですから、毎日を快適に生活したいですし、仕事もしっかりと行わなければなりません。つまり、ワークライフ・バランスの問題です。そこで、船の居住区域をどう設計するかが重要になります。

従来ですと、船長や上級船員は個室を持っていて、一般船員は大部屋ということになっていました。つまり、船長や上級船員は自分の部屋で仕事をし、かつ寝泊りしており、一般船員は各自の持ち場で仕事をし、寝泊りするのは共同の部屋だったのです。

そこで、まず、船長と上級船員の職場を一緒にして、仕事をする時はいつでもお互いに顔を見ながらコミュニケーションがとれるようにしました。そして、寝室は船長や上級船員だけでなく一般船員も全員個室にしました。そのうえで、風呂や洗面台、トイレなどはユニットバスにしていくつか設け、船長、上級船員、一般船員など全員の共同にし、また、食堂兼談話室を設けました。

これらによって、船長、上級船員、一般船員がいつでも互いに自由にコミュニケーションがとれるようになったために、仕事がスムーズにできるようになり、また、個人のプライベートも守られるようになりました。しかも、これらによって大幅なコスト削減ができたのです。

と言うのも、船長室や上級船員用の部屋は無線装置や風呂、洗面台、トイレなどを別々に備えていたのですが、これらを共同としたからです。しかも、風呂やトイレなどは全て船舶用の特別仕様となっていましたが、強度的にも問題ないということから、一般住宅用のものを船でも使えるように改良したからです。これによって、以前より居住空間が広くなって、しかも高級なものとなりました。船舶用の特別仕様の風呂やトイレは一般住宅用の数倍の価格だったので、これだけで、千数百万円のコスト削減ができました。

<その他の改善事例>

電気、ガス、水道などインフラに関する設備についても多くの改善ができました。基本的には船舶用の特別仕様となっていたものを、陸上の建物の設備仕様に準じて設計の見直しを行ったからです。陸上の建物が耐震構造となるに従い、これらのインフラに関する設備も強度が増して船舶用に使用できるようになっていたからです。長い間、船の設計にメスを入れていなかったのでいろいろな改善ができました。

ちなみに、既に書きましたように、エンジンルームの一部が物置となっており、使われていない備品が置かれていましたが、その中に、防虫網がありました。パナマ運河周辺ではマラリアを媒介する蚊がいますので、その対策のために使うものでした。ところが、居住区は外気を完全にシャットアウトできるようになっており、エアコンが設置されているので防虫網は不要なのです。このようなこともこれまで見直しする機会がなかったようです。

<残された課題 1>

船の先端部分を見ると、海面と接する部分が球形に膨らんでいます。私のような素人が見ると、これは何だろうと思いますが、バルバスバルブと言うものだそうです。船が航行する際に、船の先端部分で海面を切るようにして進むわけですが、このときに船の両側に渦が大量に発生し船の推進力を弱めるために、これを防止するのが目的だそうです。

確かにそのことは理解できるのですが、しかし、このバルバスバルブというものが実際にどの程度の効果があるのか知りたくなりました。そこで、メンバーに聞いてみると、メンバーは全員、ポカーンとした顔をしてしまいました。そんなことは今まで調べたことがないと言うのです。

そこで、メンバーの出身大学で造船工学の教授に聞いてみたのですが、教授もよく分からないと言うのです。そこで、調べてみたのですが、世界中どこを探してもこのことに関する実験データがないことが分かりました。そこで、実験をしてみようということになり、わざわざ簡単な船の模型を作って水槽実験をしてもらいました。すると、一定の速度においては効果があるらしいのですが、簡単な実験であったためかデータもしっかりしたものが取れず、どうも釈然としませんでした。

実は、昭和35年に作成されたもので、バルバスバルブを備えている船と備えていない船とを並走させてその効果を比較した映像があります。私もこの映像を見せてもらいましたが、これは眉唾ではないかという意見もあるそうです。こういう映像を故意に作ろうと思えば作れるというのがその理由のようです。

船の大きさはほぼ同じでも船の種類が異なり、一方は商船で他方は漁船です。しかも、この昭和35年の実験映像以来、今日までバルバスバルブの効果を測定するためのシミュレーションを公開実験として行ったことがないそうです。よって、現在でも水産高校や水産大学の造船学科の授業では、この昭和35年の実験映像を例にして教えているそうです。

そんな折に、何気なくテレビを見ていましたら、テレビに写っていた戦艦が目に入りました。たまたま、アメリカの原子力潜水艦が横須賀港に寄港するというニュースを放映していて、横須賀港に停泊している戦艦が目に入ったのです。見ると戦艦にはバルバスバルブがついていないのです。

目的からすると、戦艦にこそ必要なのではないかと思いました。そこで、メンバーにこのことを話し、検討してもらった結果、バルバスバルブは不要ということになりました。しかし、外観を大きく変えることになるため、船主さんの許可を得なければなりません。そこで船主さんに相談してみると、効果があるかないか分からないと言うのであれば、そのままにしておいて欲しいと言われたのです。

船だけでなく、あらゆる製品の設計においては、美的機能も追求しなければならないので、特に外観を変更する場合には難しいのです。このバルバスバルブを削除すれば、大幅なコスト削減ができるのですが残念です。なお、現在では速度が遅くなるのを防止するためというよりも、燃費が悪くなるのを防止するためにバルバスバルブを設けるらしいのです。しかし、その効果がどの程度あるのかは未だに明確にはなっていないようです。

<残された課題 2>

最も困難を極めたのは船腹の板厚の見直しです。強度計算からしても板厚は不必要に厚くなっていたのですが、その理由が分かりません。そこで、造船工学の教授数人に尋ねたり、日本国内や外国の造船会社に問い合わせたりといろいろ調査してみると、イギリスのロイズ社がその理由を知っているらしいことが分かりました。

ロイズ社は世界中の船の保険の総元締めになっており、このために世界中の船の基本設計の変更が困難になっていることが分かりました。つまり、ロイズ社がOKしないかぎり基本設計の変更ができないのです。「天皇陛下」もこのことを知りませんでした。

そこで、ロイズ社に手紙を書き、板厚を決めた理由を尋ねてみたところ、かつてパナマ運河付近では紛争が絶えず戦争状態になる可能性が高いことと、時々海賊が出没するので弾に当たって船が沈められないようにするためであることが分かりました。ところが、既にこの付近での紛争は起こっていないうえ、海賊も船を沈めるのが目的ではなく、荷物や金銭を奪ったり、人質をとって身代金を取るのが目的だということが分かりました。

船腹の板厚を必要充分な厚さにして船の重さを現在より軽くすれば、コスト削減だけでなく、燃費効率も上がり、より早く航行できるのです。そこで、改めてロイズ社に板厚を必要充分な厚さにする許可を申請しました。ところが、何度申請しても、また、いつまで待っても返事が来ませんでした。

その後、プロジェクト活動が終了し、1か月ほど経ってから、コスト削減した船の進水式を行うので来てほしい、という招待状を受け取りました。私は喜んで出かけました。そこで、ロイズ社から返事が来たかどうかを聞いたのですが、まだ来ていないということでした。もし、ロイズ社が許可を出したら世界中の船の大幅なコスト削減が可能になると思います。

最後に余談ですが、進水式では船主の娘さんの隣に私の席が設けられていたらしいのですが、私はチームメンバーと一緒にドックの中に入って、進水式を見ることにしました。最初、船のスクリューのすぐ後ろに立っていましたら、そこはワインの瓶のかけらとワインが上から降ってくるので離れた方がいいと言われました。

船主の娘さんが船の発進のボタンを押すと、吊り下げられていたワインが船体にぶつかりワインの瓶が壊れます。すると、ワインの瓶のかけらとワインが頭上から降ってきました。それを合図にチームメンバーが船の底の両側に数か所設置してある、船を支えているコックをハンマーで順に叩いて外すと、船がゆっくりと動き始め、静かに滑り降りて行きました。そして、ドックから出て、大きなしぶきを上げて海上に浮かびました。

なお、ここに掲載した内容は、当時、造船学会でチームメンバーが発表しましたので、公開された事例です。

Ⓒ 開発コンサルティング

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