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開発&コンサルティング

第2章 経営戦略・事業戦略

2-1 経営環境分析

「敵を知り己を知らば百戦危うからず」の言葉のとおり、競合他社(敵)と戦うためにはまず、競合他社を知らなければなりません。競合他社を知るためには競合他社だけでなく自社が置かれた経営環境を分析することが必要です。なぜなら、競合他社もその経営環境の一部だからです。

つまり、企業経営に影響を及ぼす環境要因を調査分析する必要があるのです。その上で、経営戦略を立案します。経営環境分析を行う主な目的は新しい事業機会の発見と事業の見直し・再構築です。

経営環境には企業の外部環境と内部環境とがあります。外部環境とは競業他社(敵)だけでなく、経営に影響を及ぼす自然環境、社会環境、経済環境などいろいろな企業外部の環境です。内部環境とは自社の企業内部の環境で、主に人、物、金、技術、情報、文化などの経営資源のことです。つまり、内部環境の分析は自社(己)を知ることです。

一般に経営学の教科書では、経営環境分析は個々の事業における戦略を検討する際に実施するように書いてあります。しかし、企業全体の環境がめまぐるしく変化する昨今においては、企業レベルでの環境分析も事業レベルでの環境分析も、あるいはまた、商品・サービス(業務)レベルでの環境分析も定期的に行う必要があります。

1つの事業だけを行っている中小企業においては、企業レベルでの環境分析がそのまま事業レベルの環境分析となります。環境分析の結果、現在の事業の先行き見込みがないということになれば、戦略として現在の事業から撤退し、新規事業の開発や新分野への進出が必要となります。したがって、事業領域(ドメイン)の設定の前に企業レベル(企業全体)での経営環境分析を行います。

さて、外部環境にはマクロ環境とミクロ環境とがあります。企業経営に影響を及ぼすマクロ環境には自然、社会、経済、政治、法律、技術、文化などの環境があります。

例えば、地球温暖化の問題は自然環境になりますし、少子高齢化は社会環境、不況は経済環境、与野党の攻防は政治、法の成立・改正は法律、ガソリン自動車から電気自動車への転換は技術、アニメ映画や携帯電話の普及による影響は文化という具合です。

一方、ミクロ環境には競合企業、仕入先及び販売先(顧客)などの取引先企業、新規参入企業などがあります。このミクロ環境分析に参考となる有名なマイケル・ポーターの「五つの力分析」図を紹介します。

五つの力分析

これは競争関係にあるミクロ環境を示したものです。つまり、ミクロ環境において機会や脅威を探索するための枠組みを示したものです。まず、中心に位置するのが自社が属する業界内での競争です。敵対関係の強さによって、勝敗が決まります。競争が激化したり敵対関係が拮抗する場合、規模を大きくして勝つため、あるいは、互いに強み・弱みを補完しあって生き残りを図るために合併・買収をしたり、業務提携をしたりします。

図の上側にあるのが新規参入業者です。業界を形成する要因が変化し、参入障壁が低くなると、新規参入業者が台頭します。たとえば、カメラメーカの業界がフィルムカメラからデジタルカメラに変わるにしたがって、それまでカメラメーカではなかった家電メーカなどが参入してきました。あるいは、自動車メーカの業界がガソリン車から電気自動車に変わるにしたがって、モーターや電池を作っていた電機メーカが自動車業界に参入しました。

これらの変化の要因は主にユーザーニーズの変化とそれに伴う技術革新です。業界を形成する要因はいろいろあり、常に変化しますので、どの業界も常に新規参入業者の脅威にさらされていると言えるでしょう。

代替商品・サービスの脅威は現在の商品・サービスに代わる新たな商品・サービスが販売されると、現在の商品・サービスが売れなくなるという脅威です。これはいくらでも事例を挙げることができるでしょう。フィルムカメラ、ガソリン自動車、固定電話器、ブラウン管テレビ、映画、新聞、ビデオテープなどです。これも主にユーザーニーズの変化と技術革新によるものです。すなわち、現在の商品・サービスも常に脅威にさらされているということです。

売り手(仕入れ先)の交渉力は原材料や部品の仕入れ(購入)の交渉力です。仕入れ先は原材料や商品を高く販売しようとしますし、どの原材料や部品をどの企業にどれだけ販売するかを決められますから、売り手の交渉力によって仕入れる(購入する)側の収益に影響します。売り手が強い交渉力を持つのは、売り手が独占的技術を持っているとか、原材料や部品が量的に少ないとか、代替品がないといった場合です。たとえば、パソコンメーカはマイクロソフトやインテルの交渉力によって収益に影響するわけです。

買い手の交渉力は販売先(顧客、ユーザー)との交渉力ですが、買い手が値引きを要求してきた場合に、売り手は収益に影響することになります。一般に買い手が大手で販売力を持っている場合、大量に買ってもらえるためどうしても値引きされてしまいます。また、商品があまり差別化できていない場合や、コモディティ(日用品・汎用品)のような場合は競合他社も多く、買い手側からすればどこからでも買うことができるため、どうしても価格を下げられてしまいます。この場合は結局、価格と納期の競争になってしまいます。

さて、経営環境を分析するというのは、経営に影響を及ぼす外部環境要因を企業にとって機会(チャンス)とみるか、脅威とみるか、及び内部環境要因を強みとみるか、弱みとみるかについて区分することです。これら4つの要因を、強み(Strength)、弱み(Weekness)、機会(Oppotunity)、脅威(Threat)のそれぞれの頭文字を並べて、一般にSWOT分析と呼ばれています。ちなみに、日本人はSWOTをスウォットと呼ぶ人が多いですが、正しくはスワットです。SWATと同じ発音です。

また、戦略策定とは経営環境において経営に重大な影響を及ぼす機会(チャンス)と脅威(リスク)が存在するときに、企業の将来の(長期的な)方向を決めることを言います。つまり、戦略とは重要な代替案がいくつかあって、それらのうちのどれかに決めなければならない場合に戦略と呼ぶのです。

SWOT分析の結果は人により異なります。ある外部環境要因をAさんは機会と判断してもBさんは脅威と判断する場合があります。また、ある内部環境要因をCさんが強みと判断してもDさんは弱みと判断する場合もあります。したがって、重要なのは分析した結果について、議論を十分に尽くすことです。

経営会議においては多数決で決定する場合がありますが、これは逆効果になることが多いです。つまり、多数決ではリスクを負わない無難な結果となる傾向があり、そのうえ、戦略を競合他社に見抜かれてしまい、その結果、競争に負けてしまうのです。

ちなみに、戦略を決める場合は、教科書的には強みとなる内部要因と機会となる外部要因とを組み合わせて決めます。しかし、実際には脅威となる要因をむしろ機会とみなし、弱みとなる要因を克服して強みに変えることにより他社に勝つという戦略をとる場合もあります。いわゆるピンチをチャンスに変えるということです。

議論をする場合、それぞれの要因についてさらに掘り下げる必要があります。例えば、技術開発を行ったとします。この技術を元に商品開発を行い市場に打って出ようと考えたとします。しかし、この技術がどの程度の技術なのかを見極める必要があります。簡単に真似されてしまうようではダメですし、たとえ特許を取ったとしても簡単に覆されてしまうような技術では、他社がより優れた技術を開発すれば逆に脅威となってしまいます。

つまり、特許を取ること、すなわち技術を公開すること自体が失敗となる場合もあります。この場合には、ノウハウとして保有し、技術を公開しない(特許を取らない)方が良いのです。したがって、少なくとも5年は追い越されないような技術を開発しなければ機会にはなり得ないのです。

一般に、機会については成功の確率と魅力度についてマトリックスを作って位置づけ(ポジショニング)し検討します。また、脅威については深刻度と発生の確率についてマトリックスを作ってポジショニングし検討します。また、強みと弱みについては重要度と成果についてマトリックスを作ってポジショニングし検討します。いずれにしても、検討した結果の判断によって戦略が決められるわけですから、この判断によって企業が発展するかあるいは衰退するかが決まるので非常に重要な分析です。

ただし、ここで重要なことを書きますと、SWOT分析は実際にはあまり役に立たないことが多いです。なぜなら、企業の強み、弱みというのはあくまで競合他社との相対的な比較であり、しかも企業秘密にかかわることだからです。「能ある鷹は爪を隠す」のことわざのように、どの企業も戦略に係るような強みは隠すのです。まして、わざわざ弱みを見せる企業はありません。弱みを見せれば、そこを突かれて負けてしまうからです。このことを踏まえたうえで、SWOT分析を行ってください。SWOT分析は戦略立案には欠かせない分析なのですが、よく理解したうえで利用してください。

最後に、失敗すれば倒産というリスクを抱えていたにもかかわらず、役員全員の反対を押し切ってスーパードライの製造販売を決断し、長年キリンビールの後塵を拝していたアサヒビールをビール業界でシェア第1位に押し上げた、元アサヒビールの会長樋口さんの言葉を書いておきます。

「攻めれば機会、逃げれば脅威」

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