今年の白書の結びには、厳しい経済情勢の下で中小企業に求められるものは「イノベーションによる市場の創造と開拓」であり、そのためには「働く人材の意欲と能力の向上」が課題であることが書かれている。このことは、厳しい経済情勢の下においてだけでなく、いつの時代においても重要なことではないだろうか。非常に厳しい経済情勢に直面したために、真に重要なことが浮き彫りになったものと思われる。
白書は、1930年代の世界大恐慌の時代に、新たな事業に挑戦する企業家(アントレプレナー)の役割の重要性を説いた経済学者シュンペーターを引き合いに出して、企業家にとってピンチはチャンスであることを書いている。今年は中小企業基本法が改正されてからちょうど10年になるが、平成11年に36年ぶりに改正された中小企業基本法はシュンペーターの考え方を強く反映している。このことに気づいている人はどのくらいいるだろうか。
ちなみに、通常、大学の経済学の授業ではシュンペーターが取り上げられることはあまりない。よって、経済学を専門に学んだ人でもシュンペーターをよく知らない人が多い。シュンペーターの著書、『経済発展の理論』(岩波文庫)を読めば、今年の白書がよりよく理解できる。また、企業家(者)とはどんな人物か、企業者精神(アントレプレナーシップ)とは何かを知りたい人は是非読んでください。この本が企業家の原点ですから。
旧中小企業基本法においては、大企業と中小企業とはいろいろな点において格差があり、この格差を二重構造と捉え、中小企業は弱い存在であるとしていた。よって、旧中小企業基本法の政策理念は「大企業との格差是正」であった。しかし、実態を良く調査してみると、大企業と中小企業との格差はないことが判明した。また、中小企業は我が国経済の活力の源泉であり、大企業とは住み分けをしていることがわかった。そこで、新中小企業基本法においては、「独立した中小企業の多様で活力ある成長発展」が政策理念となった。
ところで、今年の白書にも、上位12%の範囲では大企業より中小企業の方が経常利益率が高いことが調査結果として書かれている(p53)。このように、今年の白書を見ても未だに多くのデータが大企業と比較されて論じられており、白書(中小企業庁自体)が未だに過去の「大企業との格差是正」の理念を引きずっていることがわかる。そこで、筆者はこの格差是正の旧政策理念を払拭するために、大企業のデータは全て無視し、新政策理念およびシュンペーターの考え方を念頭において今年の白書の重要な点(ポイント)について書いてみようと思う。
以上の考え方により、今年は白書の要約ではなく、重要な点(ポイント)について筆者が思ったことを書いてみようと思う。要約を読みたい人は、中小企業庁のホームページに「全体概要」として掲載されているので、それを読んでください。
さて、白書の構成は、第1章2008年度における中小企業を巡る経済金融情勢、第2章中小企業による市場の創造と開拓、第3章中小企業の雇用動向と人材の確保・育成、となっている。
第1章はどのページを読んでも経済金融情勢が悪いということばかりが書かれていて、何も参考になるものはない。経済金融情勢が最悪の状態であることは誰もが知っている。政府として経済金融対策を一生懸命にやっていることが書かれているだけである。よって省略する。第2章は市場の創造と開拓について書かれているので最も重要な部分であり、そのためには人材の確保・育成が必要であることが第3章で書かれている。よって、第2章および第3章についてポイントを書くことにする。
中小製造業は景気後退局面においても研究開発活動を重視している。また、研究開発費の売上高に占める割合が高い企業ほど利益率も高い。不況期に余剰となった経営資源を活用し、経営資源の「新結合」を行うことにより、新たな製品を開発し、イノベーションをもたらす。景気後退期は人材を確保する好機であり、チャンスである。これが中小企業の底力であろう。
ちなみに、シュンペーターによれば、生産がいろいろな物や力を結合することであることから、生産方法を変更することは結合を変更することである。「新結合」とは、このような変更が非連続的に(突然)現れる現象を言う。この「新結合」により経済が発展するのである。
また、シュンペーターによれば、「新結合」とは次のような場合を言う。1.新しい財貨(製品)の生産、2.新しい生産方法の導入、3.新しい販路の開拓、4.原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得、5.新しい組織の実現。また、企業とはこのような「新結合」を遂行することであり、「新結合」を遂行することを自らの機能とし、その遂行を能動的に行う経済主体を企業者と呼ぶ。企業者はこの機能を果たしている全ての人を指す。
売上に占める新製品の売上の割合が高い企業の方が、増収となっている。売上の維持・拡大を図るためにはイノベーションを通じて競争力のある製品・サービスを生み出していくことが不可欠と考えられる。ちなみに、イノベーションとはシュンペーターが「新結合」を後に言い換えた言葉である。
中小企業のイノベーションの特徴は、1.経営者が方針策定から現場での創意工夫まで、リーダーシップをとって取り組んでいる。2.日常生活でひらめいたアイディアの商品化や、現場での創意工夫による生産工程の改善など、継続的な研究開発活動以外の創意工夫の役割が大きい。3.ニッチ市場におけるイノベーションの担い手となっていること、であり、中小企業は経営者の創意工夫やチャレンジ精神、すばやい意思決定などを重視している。このことから、中小企業では経営者が自ら企業者(家)とならなければイノベーションは実現できないことを示唆している。
イノベーションの実現に向けた課題として、人材確保と資金調達などを挙げている。また、研究開発を実施している割合は中小企業全体の1.4%だけである。研究開発における課題としても、資金不足、従業員不足、従業員の質が不足を挙げる中小企業が多い。
アイディアや発想の源として「顧客の動向や顧客ニーズ」「消費者の動向や消費者ニーズ」を重視している割合が高い。そして、これらの情報を収集する手段として「日常的な取引業務」が重要な手段であるとしている。このため、川下に展開したり川上に展開することにより、モノ作りとサービスの融合を通じて新たな商品や技術の開発に挑戦している。
また、ITの活用による販売戦略として、電子商取引が増大している。商取引を行うメリットしては取引コストが削減できる、新たな顧客を開拓しやすいことが挙げられている。電子商取引を活用している中小企業は利益率が高い。
海外への販路に向けた取り組みとしては、直接輸出、間接輸出、あるいは取引先を経由して、約半分の中小企業の商品が海外に出回っている。直接輸出の場合、現地地場メーカーが最も多く、理由として、「ニーズを直接把握でき、フィードバックが期待できる」や「情報を直接入手でき、フィードバックが期待できる」がある。海外展開する理由として、「安い人件費によるコストダウン生産」が一番の理由となっている。
ヒット商品を生み出した中小企業は、「モノ作りとサービスの融合」や「海外展開」を行っている。また、国内、海外共にニッチ市場を重視している企業の方がヒット商品が生まれている。また、技術力だけでは差別化の決め手とすることは難しく、「儲ける仕組み(ビジネスモデル)」、「ブランド力」「企画提案力」などが差別化の要素となっている。
中小企業は「特許出願は最小限にとどめ、できるだけ営業秘密(企業秘密・ノウハウ)として保護」する企業の割合が高い。その理由として、「技術流出につながる」「コスト負担が大きい」が挙げられている。とくに、下請け企業において顕著である。
ところが、以前、親企業が下請け企業に図面を持って来させて、それを海外の企業に流してしまったという事件があった。しかも、これは氷山の一角であった。つまり、技術流出させているのは親企業だったのである。下請けの弱みに付け込んだ事件であるが、特許をとっておけば、たとえ図面を無断で他の企業に渡されても、その技術を用いた製造販売の差し止め請求と損害賠償請求ができたのである。
特許を保有している企業は、保有していない企業に比べて従業員1人当たりの営業利益が高い。また、海外に特許を保有している企業はそうでない企業に比べても同様である。グローバルな知識経済化の進展、製品のライフサイクルの短縮化等を背景に、他社の技術を活用したり、他企業と連携して技術開発を行うといった、いわゆるオープンイノベーションへの関心が世界的に高まっている。
特許取得企業は大学、国、公設試験研究機関から、特許を取得したことがない企業は大手企業からの技術移転に関心を持っている。そして、技術移転を受けている企業は業績が良い。特許を取得している場合、規模の小さい企業ほど「信用力を得ることができた」「新規顧客の開拓につながった」としている。また、実際に特許取得による効果として、業績向上につながっている。知的財産戦略における課題として、「知的財産にかかわる知識の不足」「人材や資金不足」を挙げている。
中小企業が求める知識・能力として、「複数の技術・技能に関する幅広い知識」や「加工・組立に対する知識・能力」が依然として高い割合となっているが、「顧客ニーズを把握し、製品設計化する能力」や「革新的技術を創造していく能力」の割合が高まっている。
現代の高度化した消費社会が、製品の基本的な機能は同じでも、品質やデザイン等の多様化を求めており、製品差別化に取り組む上でひらめきの重要性が増大している。こうしたイノベーション人材の業務はいろいろあるが、特に基礎研究開発や基盤技術の研究開発については代表者がアイディアの創出を行っている割合が最も高い。また、イノベーション人材が充足している企業ほど経常利益率が高い。
技術革新アイディアを生み出すための取り組みとしては、「顧客との交流を密接にし、顧客ニーズを把握する」「技術・技能人材の確保、育成を積極的に行う」事を重視している企業の割合が高い。従業員規模の小さな企業であっても、新たな事業への挑戦や技術の創造、改善を行っている企業には若年層の技術・技能人材を惹きつける魅力があり、技術・技能人材の確保に成功している。
また、イノベーション人材の育成については、「上司あるいは先輩の指導による技術・技能の継承」を行っている企業が顕著に多い。次に、セミナーや講演会等への参加である。外部の知識が情報に触れたり新たな視点で業務や商品を見直したりすることは新たなアイディアの種を蓄えたり、技術力を高めることになる。代表者がアイディアの創出を行っている割合が高いのは、代表者などの経営者はセミナー、講演会などを通じて知識の取得や情報収集の機会が多いが、このことが代表者がイノベーション人材となっている要因の1つであると考えられる。
また、技術・技能承継が進んでいる企業は、技術・技能のIT化、マニュアル化や社内研修などのOff-JTによる指導を行っている企業の割合が高く、また、熟練の技術・技能人材に対しては「役職、責任あるポジション、決定権限を与える」などの取り組みを積極的に行っている。若年の技術・技能人材に対しても、「経営者が対話し技術・技能継承の意義を説明する」「技術・技能の実績を評価し報酬でインセンティブを与える」などの取り組みを行っている。また、技術・技能承継に取り組めるように業務内容や業務時間に工夫をしている企業の割合が高い。
研究開発に取り組む中小企業にとって、「資金調達先の確保」は、成長初期の中小企業の約60%が経営課題として挙げており、最も大きな課題となっているが、成長・拡大期や安定期の中小企業では、「国内販売網の拡大・営業力の強化」が最も多く挙げられている経営課題である。希望通り資金調達ができない場合、約3割が「事業への投資を縮小した」と回答し、約1割が「事業への投資自体を断念した」と回答している。資金調達先としては金融機関が多い。
そこで、返済義務が生じない出資を通じた資金調達(エクイティ・ファイナンス)が重要となる。調査結果からすると、ベンチャーキャピタルから出資を受けている中小企業でも、その大多数はベンチャーキャピタルからの経営への干渉を受けることなく、自由度の高い経営を行っている。よって、ベンチャーキャピタルから出資を受けると経営への過剰な干渉を受けることになるという固定観念は払拭すべきである。
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