コスト削減技術は企業によってレベルが異なりますが、一部上場メーカーだからといってレベルが高いとは限りません。
ある、超有名な一部上場メーカーの建設事業部では、原価計算を全く行っていませんでした。つまり、標準原価(目標原価)を設定していないだけでなく、実際原価も分からないということです。筆者がコンサルティングを行ったとき、その事業部では、「儲かっているかどうかは決算書を見ないと分からない」と言っていました。
この会社では、いわゆる1年単位の工事進行基準を採用していたためです。つまり、1年に1回しか原価計算を行っていなかったのです。制度会計(法律に基づく会計で、財務会計と税務会計)を行っていれば問題ない、と考えている企業は多いですが、これでは儲かるわけがありません。
本来、原価計算は毎月行うものです。毎月原価を把握するからムダなコストが毎月発見でき、毎月改善するからコスト削減ができるのです。どのような業界でも毎月原価を把握し、毎月改善しなければ儲かりません。1年経ってからムダなコストが発見できても後の祭りです。これは家庭でも同じでしょう。毎月、家計簿をつけなければムダ使いは発見できません。
最近では、ITの活用により、迅速にコスト集計ができるようになりました。毎月ではなく、毎日でも原価計算ができるようになったのです。ITを活用すれば、日々発生する実際原価が分かるので、それらを改善すれば、日々コスト削減ができるわけです。
しかしながら、単に実際原価を集計しているだけで、改善してしない企業が多いようです。改善しなければ何も変わりません。また、標準原価(目標原価)を設定していない企業も多いです。標準原価(目標原価)がなければ実際原価が分かっても何がムダで何が不能率かは分かりません。
一方で、従業員18人の小規模企業が、改良したVE(バリュー・エンジニアリング:価値工学)と特殊原価調査とを組み合わせた、独自開発のコスト削減技術を持っていることに感心させられたこともありました。
この企業は自動車部品メーカーで、親企業から常にコスト削減の指導を受けているのです。自動車業界では日常業務として日々コスト削減に取り組んでいるため、コスト削減技術が高くなります。なお、VEや特殊原価調査については後で説明いたします。
さて、以上でおわかりのように、コスト削減を行うには、少なくとも原価計算ができなければなりません。なぜなら、原価計算ができなければ、原価がいくらなのか、あるいは原価が高いのか安いのか分かりませんし、改善しても、どのくらいコスト削減できたのかも分からないからです。要するに原価計算ができなければ、儲かっているのか損をしているのか、あるいはそれがいくらなのかが、分からないということです。
商品・製品の企画・開発や設計・製造を行っている企業であれば、原価計算はどうしても必要です。したがって、製造業やサービス業、あるいは建設業などは当然必要です。また、卸・小売業でも、PB(プライベート・ブランド)商品の企画・開発を行っていれば、仕入先と協力して、仕入品のコスト削減を行っています。したがって、いろいろな業種の企業で、儲けるためには原価計算が必要なのです。そして、原価計算を行うには、工業簿記の知識経験が必要です。
ところで、予算管理とか原価管理というのは、会計の領域ですが、実際にこれらの基となる標準原価をどのように決めるのか、という点については会計の領域ではないのです。旧大蔵省企業会計審議会の『原価計算基準』には、「標準原価とは、財貨の消費量を科学的・統計的調査に基づいて、能率の尺度となるように予定し、かつ予定価格をもって計算した原価をいう」と書かれております。
したがって、原価計算について書かれているどの本を見ても、「標準原価は科学的・統計的調査に基づいて決める」と書かれているのです。工業簿記の教科書にもそう書かれています。しかし、それ以上のことは書かれていないのです。
なぜなら、会計や原価計算の専門家や学者は、科学的・統計的調査とは何かが具体的によく分からないからです。したがって、実際に、標準原価を設定しようとしても、その方法が分からないので設定できないのです。では一体、科学的・統計的調査とは何でしょうか。
科学的・統計的調査とはこういうことです。例えば、材料の標準消費量を決めるには、設計図面を見て、どのような材料がどのくらい使われるのか、その標準の消費量を計算するのです。その際に、製造方法を考えて、「削りしろ」を考慮して、素材から「材料取り」を計画し、さらに、加工ミスによる「仕損じ」や、サビ・キズなどによる「減損」などの標準的な「材料歩留り」を考慮して決めるのです。
あるいは、実際に製造して実際の消費量を計算し、これを参考にして、標準とすべき消費量を決めるわけです。材料の種類はたくさんありますし、製造方法もいろいろあります。よって、材料の標準消費量を決めるには、設計(読図)技術と製造技術が必要なのです。
また、標準の労務費を決めるには、標準労務費=標準作業時間×賃率ですから、標準作業時間を決めなければなりません。そのためには、まず、「標準作業方法」を決め、その標準作業方法に基づいて実際に作業を行って、「作業時間の測定」をしたうえで、「作業速度の評価」をし、標準作業速度を決めてから、打ち合わせ時間や休憩時間などの「余裕時間」を見込んで、標準作業時間を決めるのです。
あるいは、過去に類似製品の標準作業時間を決めてあれば、この記録に基づき、「作業時間の見積り」をしたうえで、同じようにして決めるのです。
作業時間の測定も、作業速度の評価も、作業時間の見積りも、また、余裕時間の算定も、いろいろな方法と技術があります。これらを行うには、「作業研究」というIE(インダストリアル・エンジニアリング:管理工学)の知識・経験が必要です。よって、労務費の標準消費量を決めるには、IEの知識・経験が必要なのです。
以上のように、標準原価を決めるには、少なくとも工業簿記と設計・製造技術とIEの3つについての知識・経験がなければならないのです。
さらに、効果的なコスト削減を行うには、VE(バリュー・エンジニアリング:価値工学)が必要です。IEもコスト削減技術ですが、IEやVEの他にもコスト削減のためにはいろいろな技術があります。よって、コスト削減はいろいろな技術者の協力がなければ充分にはできないのです。
しかも、すべての従業員が日々コストを発生させているのです。すべての従業員は自分が日々発生させているコストを知っているでしょうか。それを知ったうえで、コスト削減に取り組む必要があるのです。よって、コスト削減はすべての従業員の協力がなければできないのです。コスト削減が難しいのは、実はこんなところにあるのではないでしょうか。
このため、全従業員が協力してコスト削減を行う必要があるのです。例えば、小集団活動や提案制度などを活用したり、コスト削減のためのプロジェクト・チームや活動推進組織を立ち上げたりして、全従業員の協力体制の基に行うのです。
なお、本書に書いてあるコスト削減の考え方と技術さえ習得すれば、かなりのコスト削減ができますし、また、いろいろな専門技術者との協力がスムーズにできるようになり、相乗効果が生まれます。
本書では原価計算、IE、VEなどのコスト削減技術を分かりやすく説明するとともに、VEを基に開発した簡単で分かりやすく、しかも効果的なVVE(バリッド・バリュー・エンジニアリング)についても説明してあります。本書を大いに活用して、企業の発展に役立てていただきたいと思います。
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