
富士山は標高が高く、富士吉田口から登ると、5合目(2,305m)辺りに森林限界があり、その上は火山の噴石の山となる。ちょうど5合目まではバスで行けるので、多くの人は森林限界までバスで行って、それから歩いて登るようである。よって、多くの人は、噴石の山に登っているわけである。
よって、富士山に登ると噴石ばかりで木がない。緑がない。花も咲かない。動物もいない。小鳥の鳴き声も聞こえない。噴石の山には何もない。何がいいのだ。富士山に登る人は、単に日本一高いからだろう。頂上から下界を眺めたいだけなのだ。お山の大将になりたいのだ。
山頂まで登って、そして降りてくる、それが文字通り登山だ。登って降りるだけである。私はそんなつまらないことはしない。そもそも山は登って降りる所ではない。山は歩く所だ。山の中を歩くのだ。山登りではなく、山歩きだ。山の中を歩いて体と心をリフレッシュするのだ。それが山歩きだ。
そのためには、緑が必要だ、花も必要だ。動物も必要だ。人間は昔から木の実を採ったり、獲物を獲ったりして暮らしてきた。だから、噴石の山は人間が住む所ではない。そんな所に私は行きたくない。
そのうえ、富士山はゴミの山でもある。富士山が自然遺産として登録されなかったのは、ゴミの山だからだ。日本人なら誰でも知っていよう。しかし、そのゴミを誰が捨てているかを知っているだろうか。
登山者ではない、観光客でもない。地元の住民なのだ。ゴミを見れば分かるという。ゴミが捨ててある場所を見れば分かるという。登山者や観光客が捨てないようなゴミが、登山者や観光客が行かないような場所に捨ててあるのだ。
地元の住民が、廃棄処分するのに金がかかる冷蔵庫や洗濯機などの家電製品を捨てる。地元の産廃業者が、処分するのにコストがかかる産業廃棄物を捨てる。通勤通学する地元の人たちが、空き缶やペットボトルなどを通勤通学の途中でポイと捨てる。
ずっと昔からそうしていたと言う。それを地元の警察や役所はずっと黙認してきた。だからゴミの山になってしまったのだと言う。
自然遺産に登録申請することが決まっても、地元の人たちはゴミを片付けるどころか捨てるのを止めなかった。その結果、自然遺産には登録できなかったのだ。このことを知った多くの日本人が、ボランティアでゴミの片付けを始めた。
しかし、それはいたちごっこであるという。なぜなら、ゴミを片付けているボランティアの人たちを横目で見ながら、地元の人たちがゴミを捨てていると言うのだ。登山家で富士山のゴミの片付けを先導して行っている野口健氏がテレビでそう言っていた。
その後、富士山は世界の文化遺産になった。そのため、地元の人たちは浮かれている。これから登山者や観光客が増えるので、儲かると。そのうえ、登山者や観光客から金を取って、ゴミの処理をするという。
その前にやることがあるだろう。まず、地元の人たちがゴミを捨てないようにしなければいけないだろう。そのためにどうするかについては、未だに決まっていない。登山者や観光客から金を取ることだけが先に決まった。
地元の人たちは、本気になってゴミ対策を考えなくてはいけない。地元の人たちは登山者や観光客に模範を示さなければいけない。なぜなら、前例があるからだ。屋久島が世界遺産になってからゴミだらけになってしまったのだ。
世界遺産になってからゴミだらけになったのだから、明らかに観光客が捨てたゴミである。富士山も根本的な対策を立てて実施しないと、ますますゴミの山になるだろう。私は噴石とゴミの山などに登りたいとは思わない。
そもそも富士山は遠くから眺める山だ。遠くから眺めている方がいい。富士山が世界的にも有名なのは姿かたちが美しいからだ。しかし、そうは言っても、日本人である以上、一生に1度は登っておきたいと思う。誰もがそう思うだろう。私もそう思う。
しかし、1度だけでいい。2度は登りたくない。私は若いころからそう思っていた。それで、還暦を過ぎたら登ろうと思っていた。
ところが、還暦を過ぎるころに、登山ブームがやってきて、猫も杓子も富士山に登るようになった。テレビで富士山の混雑ぶりを見ると、登る気がしなくなった。私は人が集まる場所は好きではないからだ。冬ならあまり人もいないだろうから、冬に登ろうか、とも考えた。
しかし、何度も冬の北アルプスに登った私でも、冬の富士山は怖い。特に風が怖い。北アルプスで何度も風で飛ばされそうになったが、冬の富士山の風は北アルプスの比ではない。風速50m以上になるという。人など木の葉のように飛ばされてしまう。それで、人が少なくなる春や秋に登ろうと思っていた。
ところが、今度は富士山が世界文化遺産になってしまった。となると、夏は言うまでもないが、春や秋も混雑する。そうなれば、ますます登る気がしなくなる。では、どうするか。まあ、心配は要らない。熊野古道の例を見れば分かるからだ。熊野古道が世界遺産になったとたんに人が大勢押し寄せた。ところが、現在は閑古鳥が鳴いているという。
世界遺産になったところはどこもそうらしい。最初だけ混むのだ。そして、しばらくすると混まなくなる。しかも、世界遺産になる前よりも人が少なくなるらしい。1度は行ってみたいと思っていた人たちが、世界遺産になった途端に、この時こそと押し寄せるからである。
そういう人たちは、1度行けば、2度と行かないだろう。だから、世界遺産になってしばらくすると、どこも閑古鳥が鳴くことになる。
なぜかと言うと、日本人はそもそも熱しやすく、冷めやすいからである。それが日本人の性格である。この日本人の性格については、和辻哲郎氏の著書『風土』に書いてある。温帯モンスーン気候がこういう性格を作ったらしい。日本は春夏秋冬、季節が明確だ。春は春らしく、夏は夏らしく、秋は秋らしく、そして冬は冬らしい。
それが日本だ。こんな国は世界中で日本だけだそうだ。だから、日本人は移り気だ。物事にすぐに飽きる。そして、次に来るものに憧れる。
例えば、日本人はサクラの花が好きだ。早く咲かないかと恋焦がれる。しかし、咲いたら、数日で飽きる。飽きるころにちょうど散るのだ。サクラはパッと咲いてパッと散るのがいい、と日本人は思う。
パッと咲いてパッと散るように、日本人は熱くなって、すぐに冷める。よって、数年すれば富士山にも閑古鳥が鳴くだろう。そうなってから、登ればいいのだ。
現在、70歳を過ぎた私は、そのころには80歳ぐらいになっているだろう。富士山に登るには80歳ぐらいがちょうど良いではないか。それまで、いろいろな山で楽しむことにしよう。
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