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開発&コンサル手イング

第51回 「通行止め」は下山ルートでよく出会う

正月に、何年ぶりかで東京に30cm近くの大雪が降った。東京では10㎝程度の雪でも大雪と言う。神奈川県の丹沢・大山地域にも大雪が降った。私は毎年、大山に初詣に行くことにしているので、私の「初山歩き」はいつも大山になる。

大山は昔から人気があって、江戸時代の「大山詣で」は有名である。現在でも、いつも混んでいるが、特に正月は初詣の人たちで1年で最も混む。そこで、私はいつも正月半ば過ぎ、混雑が緩和するころに、初詣に行くことにしている。

大山は商売繁盛の神様として知られているが、本来は山の神様であり、私にとっては、1年間の安全登山を祈願する山でもある。

多くの人は、登山口から中腹にある下社までケーブルカーで登って、お参りしてケーブルカーで下る。しかし、初詣と同時に山登りをする人は、ケーブルカーを使わないで歩いて登り、下社でお参りしてから、さらに頂上の本社まで登る。

下社からは太平洋が一望でき、眺めが良いこともあって、多くの人が下社付近でたむろしている。私は、何度も来ているし、人がたくさんいるところはあまり好きではないので、お参りして少し休憩したらすぐに頂上へ向かった。

頂上へ向かう人の多くは、石段が続く急な参道を登るが、私は「かごや道」と呼ばれている、なだらかなわき道を登る。誰もがそうであろうが、私は階段の道が好きではない。自分に合った歩幅で、また、自分に合った1歩1歩の高低差で歩くことができないからだ。

本来、山の歩き方は、できるだけ小幅で、しかもあまり高低差がないようにして歩く。滑らないように、また、あまり疲れないようにするためである。それに反して、階段は山歩きに適するようにはできていない。なぜなら、できるだけコストがかからないように作ってあるからである。

「かごや道」を歩く人は非常に少なく、私は静かな雪の山道を歩くことができた。この道は江戸時代に、「かごや」が人を乗せて登り下りした道らしく、歩きやすい道なのである。しばらく行くと、蓑毛から山頂に登るルートと合流し、そこから上は多少傾斜が急になる。雪が深くなったので、軽アイゼンとスパッツを着けた。

さらに登ると、石段の参道と合流する。ここで、必然的に大勢の人と合流することになる。すでに頂上まで登ってから下って来る人と、これから登る人とが入り混じって、にぎやかである。休憩している人もたくさんいる。

私も休憩することにした。以前はここに茶店があった。茶店がなくなった現在でも、ここには長椅子がいくつも置いてあり休憩できるようになっている。

頂上から下ってくる人のほとんどがアイゼンをつけていないので、滑りやすい。休憩しながら見ていると、尻餅をつく人がかなりいる。それでも登る人は誰もここで引き返そうとはしない。

石段で尻餅をつくとかなり痛いが、あまり危険はないからだろう。それに、何とか頂上まで登って、本社でお参りして、今年こそ良い年にしたいと願っているからであろう。

頂上に着くと、三々五々休憩したり、お昼を食べたりしている。ここへ来るたびに出会う、いつもの光景だ。そしてまた、ここへ来るたびに、私は中学時代のことを思い出す。

それは、クラスメートと初日の出を拝みにここへ来たときのことである。早めに着いて、初日の出を待つ間、寒いし眠いので、クラスメートと一緒に本社の社殿の奥に入り込んで寝ていた。

そしたら、神主さんに見つかって、「神様を何だと思っているのか」とこっぴどくしかられた。大勢の人たちが、私たちに向かって手を合わせて拝んでいたのだから、元旦早々、私たちは罪なことをしたものである。

神様が怒ったのか、明るくなっても周囲はガスでかすんでいて、初日の出を拝むことはできなかった。ところが、あきらめて下山しようとした時に、辺りが急に赤紫色のかすみに覆われて、なんとも美しい情景に変わった。朝日が細かな水滴に当たって光が散乱し、赤紫色になったものと思われる。

そんな中学時代のことを思い出しながら、私も弁当をゆっくりと食べて、お茶を飲んでから下山することにした。いつものように、見晴台を経由して日向薬師に下るルートを歩くことにした。同じ道を戻るのはつまらないし、日向薬師は日本三大薬師の1つとして知られており、ご利益のありそうな薬師様だからである。

それに、石段の道より、土の道を歩きたいからである。山頂から見晴台経由で日向薬師までのコースタイムが3時間程度なのでちょうど良い。ここ山頂までの登りが3時間程度なので、合計で6時間程度歩くことになり、日帰り山行としてはちょうど良い時間となる。

このルートは中学時代から何度も歩いているので、道の様子はよく分かっている。山頂から下り始めて気づいたが、下から登って来る人がいつもより極端に少ない。すれ違う人がほとんどいない。なぜだろうか。分からないまま見晴台まで下った。

そこで休憩していると、下社の方から登って来た人が、「通行止めになっていて下社に行けない」と言った。どうやら、ここ見晴台から下社に行こうとしたが、通行止めになっているので引き返して来たらしい。詳しく聞いてみると、途中の小さな谷を渡るところで雪崩が起きて、道をふさいでいるという。

頂上から下る時にずっと疑問に思っていた、下から登ってくる人が極端に少なかった理由がこれで分かった。下社から見春台経由で頂上に登るコースが通行止めになっていたのである。

頂上には「見晴台から下社への道は通行止め」の案内がなかったので、この後も、頂上から下社へ下る予定の人たちが大勢下ってくるはずだ。ここ見晴台からの下山路は日向薬師への道しかなくなるので、遅くなると途中で暗くなってしまう。

今はまだ午後の2時半なので、ここ見晴台から日向薬師までは明るいうちに下ることができる。しかし、もし、遅くなり、しかもヘッドランプを持っていなかったら、下る途中で暗くなり、歩けなくなるだろう。冬は日が短い。夕方になったかと思っていると、あっと言う間に暗くなる。4時半ごろには暗くなる。

実は、「通行止め」はよくある。丹沢・大山地域は特に多い。台風や雪でよく通行止めになる。その理由は、丹沢の丹は谷の意味で、丹沢には文字どおり谷や沢が多く、がけ崩れや雪崩が起きやすいのである。丹沢は沢登りのメッカとしても全国に知られている。

また、大山は、雨降(あふり)山とも言う。昔からこの地域は雨が多いからであろう。そして、ここの神社は阿不利(あふり)神社と言う。神主によると、この神社は雨乞いの神様として紀元前に創建された由緒ある神社だそうだ。本社には山の神様である大山祇大神が祭られている。

そして、豊作や商売繁盛の神様として、古くから信仰されている。また、現在では豊富な水を利用した豆腐づくりが盛んである。

丹沢・大山地域に限らず、日本の多くの山では、「通行止め」がよくある。なぜなら、日本は温帯モンスーン気候のため雨や雪が多く、そのため谷や沢も多い。よって、崩れやすいからである。土砂や雪が積もって重くなるために、山すそで崩れるのである。

よって、もうすぐ下山できるというときに、よく「通行止め」に出会う。「通行止め」に出会うと、登り返して、他の下山ルートから下山しなければならない。既に疲れているし、水や食料も少なくなっているので、遭難の危険がある。

山歩きをする時には、「通行止め」に対処するための装備と、常に体力に余裕を持たせておく必要がある。また、あらかじめ「エスケープ・ルート」を念頭に入れて山歩きをしなければならない。

Ⓒ 開発コンサルティング

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