
テレビ番組で山歩きについて放映していた。最近、山歩きをする中高年や女性が多いので、そのための番組らしい。それを見ていると、「山歩きのベテランは地下足袋を履いている、地下足袋は滑りにくいのでお勧めです」などと言っていた。
山仕事をする人たちが地下足袋を履いているので、山歩きにも良いと思ったらしいが、とんでもない間違いである。
すでに何度も書いたように、山道には石ころや木の根などがたくさんあって、その上を柔らかい地下足袋で歩くと、頻繁に足裏と足首が曲げられる。そのため、足が非常に疲れるだけでなく、捻挫しやすいのである。そのうえ、石や木の根を蹴ってしまったり、足の上に石が落ちてきたりして、爪先や足の甲を怪我しやすい。痛みが強く、腫れてくれば歩けなくなる。すると、下山できなくなる。
山歩き用の靴が丈夫にできているのは足を保護するためである。また、足首が容易に曲がらないように編み上げになっているのも、山歩きで起きやすい捻挫を防ぐためである。よって、山歩きには山歩き用の靴を履かなくてはいけない。山を歩いていると、ベテラン気取りで、地下足袋や長靴などを履いている人を見かけるが、単に恰好をつけているだけである。
これまでも山歩きの靴について書いたが、山歩き用の靴を履いていない人をときどき見かける。それで、今回、改めて足ごしらえについて書くことにする。靴は山歩きで最も重要な装備だからだ。山を歩くには山歩きに適した靴を履くというのが常識だが、そうしない人たちもいる。
例えば、林業に従事している人たちは、通常、地下足袋を履いているが、これは山歩きのためではない。木を切り倒して、その木の上を歩きながら枝打ちをするためである。よって、柔らかく滑りにくい地下足袋が適しているのである。
また、昔は、沢登りに地下足袋を履いたものだが、現在は、より滑りにくい沢登り専用の足袋がある。しかし、今でも地下足袋を履いて沢登りをする人たちがいる。濡れた石の上を歩くには、柔らかく滑りにくい地下足袋が適しているからである。
山小屋の小屋番で地下足袋をいつも愛用している人もいる。山小屋の小屋番が地下足袋を履くのは、山を歩くためではない。山小屋の周囲で仕事をするためである。薪を割ったり、布団を干したり、近くの谷に設置してある水の取り入れ口を掃除したりするのである。よって、軽くて滑りにくい地下足袋が適している。
地下足袋を履く理由は、柔らかいため濡れた木の根や石の上でも接触部分が広くなり滑りにくくなるうえ、土や雪が足袋の中に入らないからだ。要するに、スパッツを付ける必要がないからだ。それに軽くて動きやすいからである。
スパッツを付ける必要がない、と言えば長靴もそうだ。山小屋の主人で長靴をいつも愛用している人もいる。雨の日だけでなく、沢を歩くときにも足が濡れないからだ。
長靴では下り坂で爪先が当たると痛いので、わら縄やロープで長靴の上から縛り、足を適度に締めて爪先が当たらないようにする。また、わら縄やロープで縛っておけば、苔が生えた石や凍った石の上でも滑りにくくなる。
よって、滑りやすい石がある場所では、登山靴でも同じようにする必要がある。なぜなら、滑りやすい石の上ではアイゼンが効かないからである。このためにも予備の靴紐や予備のタオル、あるいは短く切ったザイル(ロープ)を常に持って行くと良い。
ちなみに、私はいつもズボンのベルトの代わりにザイルを二重にして使っている。なぜなら、ベルトはベルトとしての用途以外には利用できないが、ザイルはいろいろな用途に利用できるからである。例えば、短く切って靴に巻きつけ、滑りにくくしたり、手や足を骨折をした時に縛ったりする。また、怪我をした人を背負って歩く時にもザイルが役に立つ。
ヒマラヤの数千メートルの高山を重い荷物を背負って歩くシェルパ族は、普段はいつも裸足だ。子供のころから裸足で生活しているので、岩山でも裸足のほうが歩きやすいそうだ。彼らの足の裏は靴底のように硬くなっている。しかし、雪がある所では冷たいし、滑りやすくもなるので、ロープを巻きつけたスニーカーを履いている。さらに、高度が高くなって、雪と氷の山になると登山靴を履き、アイゼンを着ける。
中高生たちは通常、山でもスニーカーを履くが、それは山歩き用の靴を持っていないからだ。私も中高生のころはスニーカー(ズック靴)やバスケットシューズを履いて山歩きをした。また、山小屋の主人でスニーカーを履いている人もいる。
例えば、丹沢の鍋割山荘のオーナーである草野さんはスニーカーを履いて60キロ以上の荷物を背負って歩いている。スニーカーの方が軽くて歩きやすいと言う。ただし、岩山を歩くときには登山靴を履くそうだ。当然だろう。
地下足袋にしろ、長靴にしろ、スニーカーにしろ、軽くて動きやすいので山歩きにも適しているように思える。しかし、どれにも共通する根本的な欠点がある。それは、「足を保護する」という本来の機能が不十分なのである。
何度も言うが、山には石ころや木の根などがたくさんあり、道はでこぼこなのだ。しかも、坂道なので登ったり下ったりしなければならない。つまり、足裏や足首が頻繁に曲げられる。そのため、疲れやすいだけでなく、捻挫しやすいのだ。また、石や木の根につまずくと爪先を痛めたり傷つけたりする。
私たちは日ごろ、山仕事をする人たちや山小屋の主人のように、山で仕事をしているわけではない。また、シャルパ族のように、普段、裸足で歩いているわけではない。私達は日ごろは街に住んでいて、整備された道を歩いているのである。
したがって、私達の足は山歩きには慣れていない。だから、山を歩くときには山歩き用の靴を履いて足を保護する必要があるのだ。決して、恰好をつけて、地下足袋、長靴、スニーカーなどで山歩きをしてはいけない。山仕事をする人たちや山小屋の主人のマネをしてはいけない。足を怪我したり、捻挫したりすると、痛くて歩けなくなる。そして、下山できなくなる。よって、そうならないようにしなければいけない。
ところで、2月の厳寒期に八ヶ岳の赤岳に登ったことがある。その時は、赤岳小屋の外はマイナス18℃になっていた。当然、私は、冬の高山用の登山靴を履いて、12本爪のアイゼンを着け、手袋をしたうえでオーバーミトンを着け、ピッケルを持って歩いていた。そのうえ、マフラーを頭からかぶり首に巻きつけ、頭にヘルメットをかぶり、ゴーグルを着け、冬山用防寒着の上下を着て歩いていた。
赤岳の頂上近くまで登ったとき、1人のおじさんに出会った。そのおじさんの格好はワイシャツの上に作業服を着て、手ぬぐいでほっかぶりをしていた。足元を見ると、わら縄を巻いた長靴を履いていた。そして、ピッケルも持たず、手に軍手を着けて、腕組みをしてスタスタと歩いていた。
私は唖然として、すれ違うときに挨拶することも忘れ、その後姿を見送った。赤岳の頂上はガスっていて周囲の景色があまり良く見えなかったので、頂上に着くとすぐに赤岳小屋に入った。小屋に入るなり、今出会った人のことを小屋番に話した。すると、「この小屋の親父だ。ちょっと下まで行って来る、と言って出て行った」と小屋番が言った。やはり、山歩きのプロは違う。人間とは思えない。
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