
正月休みに甲斐駒に登った。以前から、中央線から見える甲斐駒の形が恰好いいので、いつか登ろうと思っていた。最初は雪のない時期に登ろうと思っていたのだが、雪をかぶった甲斐駒がいっそう恰好良く見えたので、どうしても登りたくなった。それで、初めての甲斐駒登山が正月休みになった。
1日目は茅野駅から高遠乗換えで戸台までバスで行って、橋本山荘に泊まった。宿泊客は私を含め、全員で11人であった。私以外3グループいて、話を聞いてみると、そのうち2グループは仙丈に、1グループは甲斐駒に登る予定だと言う。単独は私1人だけだった。
私以外の人たちは、車で来たということで、翌朝は早めに出発した。私は最後に小屋を出た。どうせ今日私は、戸台川に沿って北沢峠まで5時間ほど歩くだけなので、急ぐことはない。戸台川は水が少ないせいか、ほとんど凍っていた。川沿いの道は、車はもちろん人も通らず、1人寂しく歩いた。
北沢峠では通年営業のはずの大平山荘は営業していなかったが、長衛荘が営業していたので、長衛荘に泊まった。長衛荘は仙丈に登るにも甲斐駒に登るにも都合の良い場所にあるので、通年営業しているということだった。宿泊客は私を含めて6人だけだった。私以外の5人全員が仙丈に登る予定だという。
正月休みに甲斐駒に登る人は、通常、仙水小屋に泊まるらしい。その方が頂上まで比較的安全に登れるという。しかし、仙水小屋は地図では通年営業になっていないため、私はそのことを知らなかった。仙水小屋は正月休みだけは営業しているとのことだった。
宿泊客のうち、2人連れの女性は、わざわざ沖縄から仙丈に登るために来たと言う。夏に登って気に入ったので、今度は冬に登ってみたいと思って来たと言う。仙丈は皇太子殿下も夏に登ったことがあると言う。皇太子殿下の案内をした小屋の主人がそのときの様子を話してくれた。私以外の仙丈に登る予定の人たちは、その時の写真を見たり、翌日の山行について話し合ったりしていた。
翌朝は風もなく、快適な山行が期待できた。冬山で最も怖いのは風だからだ。アイゼンを着け、ヘッドランプを着け、ピッケルを持って小屋を出た。しばらくジグザグに曲がった道が続いた。暗い樹林帯の中をヘッドランプをつけて歩いているので、曲がるたびに、「また曲がるのか、何度曲がればいいんだ」と思いながら登った。明るくなってからもしばらく樹林帯が続き、ようやく周囲が見える稜線に出た。
しかし、快晴とまでは行かないので、遠くまで見渡せるわけではない。それでも、周囲の景色はぼんやりと見える。風はほとんどないが、少し休憩するとかなり寒さを感じる。景色を見ながらしばらく登ると、アイゼンがあまり効かなくなった。そこで、ピッケルでステップカットしながら1歩1歩登った。
しばらくステップカットしながら登って行ったが、そのうちアイゼンがほとんど効かなくなってしまった。アイスバーンだ。足を斜面にフラットに置くと、まるでガラスの上に乗ったように滑ってしまう。
そのうえ、氷が硬くてピッケルのブレードも跳ね返す。そこで、ピッケルのピックを氷の1ヶ所に何度も打ちつけ、小さなくぼみを作り、そこにアイゼンの前爪を引掛けて爪先立ちになり、これを左右交互に繰り返しながら登った。
坂の途中で少し平らな場所があったので、一休みしようと思い、足場を確保してから振り向いたところ、すぐ下に深い谷があって、滑って落ちたら確実に死ぬと思われた。それまで登ることに夢中だったので気がつかなかったのである。
高所恐怖症の私は、恐怖で足がガクガクし、その場にへたり込んだ。谷から目を背けて氷の斜面に目を戻したが、それ以上登る気力がなくなった。しかし、下ることはもっと怖いし、滑ったら確実に落ちて死ぬ。
登ることも下ることもできなくなった。私は、「大変なところに来てしまった。なぜこんなところに来てしまったのだろう。家にいれば、きっと今頃コタツでみかんでも食べながら、テレビを見ているに違いない」と思った。
しばらくして、「こんなところにいつまでもいるわけには行かない。なんとかして、ここを脱出しなければ」と思うようになった。「ここまで登って来たのだから、このまま同じようにして登れば、きっと脱出できる」そう自分に言い聞かせた。
そして、また登りはじめた。絶対に谷の方を見ないようにして、ピッケルのピックでくぼみを作り、そこにアイゼンの前爪を引掛けて、爪先立ちで1歩1歩登った。絶対に滑らないようにピックでしっかりとくぼみを作りながら登った。
登り続けていると、上の方から人の声がした。上を仰ぐように見たが人の姿は見えない。しかし、「ムリするな~」「今、ザイルを下ろす~」と言っているのが聞こえた。そして、まもなく上からザイルが下りてきた。私は、助かったと思った。
肩掛けでザイルを体に巻きつけて縛ってから上を見ると、人が見えた。そこで、ピッケルのスピッツェを上に向けて、円を描き、OKの合図を送った。すると、上からも「上がって来ていいぞ~」と声がした。
そこで私は、ピッケルを背中とザックの間に刺し込み、ザイルを両手で掴み、体をできるだけ斜面から離して、足と斜面とが直角になるようにし、滑らないように、アイゼンがフラットに氷の斜面に当たるようにして、ザイルを手繰りながら登った。
ようやく登り終えると、「あんたザイルの扱いがうまいな」と言われた。私は、何度もお礼を言った。その人は仙水小屋の小屋番だった。
その人の話によると、夕べ仙水小屋に泊まった人のほとんどが、甲斐駒に登ってから北沢峠に下る予定だということから、先回りしてコースの点検に来たという。よって、北沢峠経由で仙水小屋に帰ると言う。それで、またお礼を言って別れた。
私は岩登りも沢登りもしないので、山でザイルを使うことはないのだが、ザイルの扱いは多少慣れている。と言うのも、学生時代にアルバイトで道路のがけ崩れ防止工事を数ヶ月間行ったことがあるからだ。この工事は、高所作業の免許が必要で危険なのだが、アルバイト料が高いためやることにしたのである。免許は現場監督だけが持っていればいいらしい。
私は高所恐怖症であるにもかかわらず、急な崖をロープに掴まりながら登り下りするのはそれほど恐いとは思わない。おそらく、足が地についているうえ、足元しか見ないからだろう。現場監督の指導を受けながら数ヶ月間この仕事をしていたら、いつの間にかロープの扱いに慣れたのである。
ところで、冬の高山に行くときには、アイゼンの爪を研いでから行った方が良い。おそらくほとんどの人は、アイゼンを何度も使用しているにもかかわらず、買ったときのままで、爪を研いだことがないのではないだろうか。私の失敗を繰り返さないでいただきたい。
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