
冬の高山歩きについて私の経験を基に書いてみようと思う。しかし、私は冬の高山歩きについては、それほど技術・経験があるわけではない。山歩きは中学生の時からなので50年以上になるが、私は高所恐怖症なので岩登りや沢登り、あるいは氷壁登攀などはしない。
つまり、ザイルを使用する登山はしない。地図に赤い点線で書かれた難路を歩くことはあるが、ほとんどは一般ルートの縦走である。
また、私はほとんど単独行なので、それだけ慎重だし、技術・体力と装備(重量)との兼ね合いを十分に考慮して山に行く。冬の高山を単独で歩く人は少ないが、ザイルが必要な場所に行く人も少ない。つまり、ほとんどの人は私と同様に、ザイルがなくても歩ける一般ルートを歩いていると思う。よって、冬の高山の一般ルートを歩く場合を想定して書くことにする。
まず、気候だが、ご存知のように日本の冬は、日本海側は雪が多く、太平洋側は雪が少ない。したがって、北アルプスでは冬は毎日雪が降っていて、晴れる日はほとんどない。1ヶ月に2日か3日程度晴れる日があるが、天気予報で晴れと言っても雪が降っている。
なぜなら、晴れというのは空に雲が2割以上8割以下存在する状態を言うので、半分以上曇っていても天気予報では晴れだからである。しかも、その雲は冬は雪雲だから、当然、雪が降るわけだ。ちなみに、天気予報で曇りと言うのは、空に雲が9割以上ある状態を言う。
当然ながら、中央アルプスは北アルプスより晴れの日が多く、南アルプスはさらに晴れの日が多い。また、冬山入門の山として知られている八ヶ岳は、北アルプスより晴れの日が多い。しかし、だからといって侮ってはいけない。なぜなら、晴れの日は放射冷却によって、より寒くなるからだ。
北アルプスでは冬はいつも曇に覆われているので、マイナス15℃前後だが、八ヶ岳では晴れると、マイナス20℃前後になる。快晴の日は特に寒くなる。天気が良いと言って喜んでいると凍傷にかかってしまう。
冬の高山では凍傷に気をつけなければいけない。私の経験では、マイナス10℃以下になると、凍傷の危険度が高くなる。八ヶ岳を歩いていると鼻の頭が白くなっている人をときどき見かける。凍傷になる前兆だ。鼻の頭は寒風にさらされやすく、凍傷にかかりやすい。本人は感覚がなくなっているので気がつかない。すれ違ったときに気づいたら注意してあげよう。
凍傷に最もかかりやすい場所は、足の指だ。実際に、足の指がないベテラン登山家は多い。靴下を履くときに、唐辛子を足の指のところに入れておくと、凍傷を防ぐことができる。
また、雪や寒風で目が開けにくくなるので、ゴーグルを使う。鼻から下はマフラー、ネックウォーマー、目出帽などで覆う。私はマフラーを使う。なぜなら、マフラーは首だけでなく頭から覆うこともできるので、温度調節しやすいからである。また、鼻と口をゆるく覆って呼吸しやすくすることもできる。
冬の高山でもう1つ気をつけなければいけないことがある。それは風だ。山では常に風が吹いているが、特に冬は強い風が吹く。通常は風速10メートルから20メートルぐらいだが、30メートル以上の台風並みの風が吹く場合もある。
風が強いときには、3点支持で歩く。つまり、年寄りが腰をかがめて杖を突いて歩くように、前傾姿勢になってピッケルで体を支え、足を広げて、ピッケルで突く位置と2本の足の位置とが正三角形の形になるようにする。そして、3本のうち常に1本だけを動かして歩く。なぜなら、風の方向が常に変化するので、どの方向から吹いてきても飛ばされないようにするためである。
休憩するときには、ザックを下ろしてそのまま置いておくと、風で飛ばされてしまうので、必ずピッケルでザックを固定してから休憩する。20キロ程度のザックでも風でゴロゴロと転がってしまう。もちろん、自分自身も飛ばされないように、ピッケルと自分自身とを常に紐で結んでおく。
風が吹けば風速1mにつき1℃下がるから、例えば、気温がマイナス10℃で、風が10メートル程度という、冬の高山では暖かい日でも、体感温度は零下20度になるので、寒さ対策はしっかり行わなければいけない。かといって、歩いているときには汗をかくので、このギャップを上手にコントロールしないと低体温症になってしまう。
基本的には、歩いているときには、できるだけ汗をかかないように薄着にし、休憩するときには防寒着兼雨具(外衣)を着る。なお、吸湿速乾性と保温性を高めた下着を使うことは当然である。私は厚手の起毛した化学繊維の下着を着る。その上に、やはり厚手のウールのカッターシャツを着る。そして防寒着兼雨具の上下を着る。それでも寒かったら、防寒具兼雨具の下に防寒具(中衣)を着る。
さて、靴だが、冬の高山では、靴底が硬く、足裏や足首が容易に曲がらず、足全体をしっかり固定し、保護してくれる靴が必要である。そのうえ、防水・防寒の工夫がしてある靴を使う。そして、10本爪以上のアイゼンを着けて、凍った雪と氷の斜面を登り下りする。
緩斜面なら靴が密着してフラットになるようにして、スリップするのを防止し、急斜面なら靴が水平になるように、登りは爪先で蹴り込んで、下りはかかとで踏み込んで、足場を作りながら登り下りする。よって、硬く頑丈な靴でないと足を痛めてしまう。また、ワンタッチアイゼンが使用できる靴を使う。つまり、アイゼンの着脱が簡単で、容易に緩まないように、かかとにワイヤーをひっかける溝が付いている靴を使う。
歩いている途中でアイゼンが緩んで締め直すのは、面倒なだけでなく危険でもある。テープで締めるアイゼンだと、両手を使うので、緩んだ場所が鎖場やはしご場など危険な場所では締め直すことができない。また、汗をかいた状態で締め直す間、たとえ数分でも動かないでいると寒さで体が冷えてしまう。ワンタッチアイゼンなら片手で鎖やはしごに掴まりながら、もう片方の手で1~2分で装着できる。
昔は、冬の高山用の登山靴と言えば、革製の二重靴やプラスチックブーツが一般的だったが、現在では使われていない。現在では、靴底と靴の周囲とを硬質ゴムで一体整形し、上部(アッパー)を皮革やケブロテック(ケブラー)などの新素材にしたシングル靴が主流になっている。
最近の冬山用登山靴は外側は防水性が高く、内側は保温性・吸湿速乾性が高いなど機能的で、軽く、しかも手入れが簡単で非常に優れている。なんでもそうだが、道具が良くなると使ってみたくなるし、機能的で軽いので、私のような年寄りでも冬の高山歩きが楽しめるのが嬉しい。
次に、水と食料についてだが、冬の高山では水も食料もザックの中で凍ってしまうので注意が必要だ。ペットボトルに入れた水は凍ると使えない。水は現地で雪をコンロで溶かして作るが、歩く途中で水が飲みたくなるので、やはり水筒は必要だ。私は昔から冬はGI水筒を使っている。
GI水筒はかつてアメリカ軍が使っていたものを真似して作ったものらしい。布袋に入っているので、布袋と水筒の間に使い捨てカイロを入れておくと凍らない。
また、口が曲がっているものは、口を上に向けて横にすると、栓をとっても中の水はこぼれない。よって、布袋から取り出してコンロにかけて暖めることができる。つまり、やかんになる。また、布袋に入っているので湯たんぽにもなる。
食材は1食ごとに小分けしておけば、凍っていてもそのままコッヘルで調理できる。疲れているときに食事の用意をするのは大変なので、自宅で予め調理しておけば、現地では暖めるだけで良い。
なんでも自宅で調理して、パックして、冷凍して持って行けば、現地では温めるだけで良い。また、レトルト食品やパックした食品はお湯を沸かして暖めるより、中身を取り出して直接暖めた方が早い。
レトルト食品で水分が多いものは、夏はいいが、冬の高山では持って行かないようにする。重いし、水(雪)は現地で調達できるからだ。冷凍したものは途中で解けても大丈夫なように、密閉できる袋に入れて持って行く。私はジッパー付きのパックに入れ、そのうえでジッパーが開かないようにホチキスで止めている。
乾燥食品は軽いので好きなものがあれば持って行くといい。冬は肉や魚も生ものが使えるが、自宅で塩・コショウをしておくか、塩水につけておくか、味噌を塗っておくと、より傷まない。
コンロは灯油、又はホワイトガソリンを使用する。ガスコンロは寒冷地用であっても、冬の高山では火力が弱く、1リットルの水を作るのに1時間近くかかってしまう。ホワイトガソリンはガソリンよりは危険はない、と言っても揮発性が高く危険なので私は灯油を使う。灯油はザックの中でこぼすと何もかも灯油臭くなってしまうので、こぼさないようにしたうえで、サイドバックに入れる。
私の場合、冬の高山歩きの装備は小屋泊まりで15キロ程度、テント泊まりだと20キロ程度になるので、自分の体力・体調と技術・経験とを踏まえて装備(重量)を決めている。何が必要で、何が必要でないかを見極めるのは、それこそ体力・体調と技術・経験によると思う。
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