
北アルプスの徳本峠から大滝山へ向って中村新道を歩いていた。徳本峠を出発してしばらく歩いた所で、ふと何かの気配を感じて足を止めた。目を足元から前方にある木に向けた時に動物と目が合った。
よく見ると、木の枝に猿がいて、こちらを見ている。木の葉が茂っていて薄暗いので、すぐには猿だとは分からなかった。1匹だけではない。周辺の枝に数匹、いや数十匹の猿がいて、すべてがこちらを見ていた。
一瞬、ビクッとしたが、たかが猿である。しかし、油断は禁物である。もし一斉にかかって来られたらまずい。戦う準備をした。近くにあった棒切れを手に持って、最初に目が合った猿を睨みつけながら、群れがいる木の下の道をゆっくりと進んだ。道は1本だし、狭いので、そうするしかない。
山を歩いていると猿によく出会う。猿は人がいると近くに寄ってくる。何か餌にありつけると思っているのだろう。猿に出会ったら、決して背中を向けて逃げてはいけない。ほとんどの野生動物がそうであるように、逃げれば必ず追いかけてくる。しかも、人間より動物の方が速いから、必ず追いついて襲われる。
猿でも野犬でもクマでも、出会ったら決して背中を向けて逃げてはいけない。向かい合って後ずさりしながら離れるのが良い。ただし、相手の目を見てはいけない。もし、1度でも目が合ってしまったら、睨み付けることだ。目をそらすと、相手はこちらが弱いと判断して襲ってくる。そうしたら、また、睨みつける。それでも、襲ってきたら戦うしかない。
猿がいた木から離れても、時々後ろを振り返りながら、しばらく歩いた。もう大丈夫だと思ったところで一休みすることにした。
コーヒーを飲みながら休んでいると、遠くの方から、「お~い」「お~い」と呼んでいるような声がする。聞こえるか聞こえないかの小さな声なので、何だか分からない。なぜ、「お~い」と呼んでいるのかも分からない。
この道は一般道であるが、めったに人が歩かない道である。しかも、その声は今来た道の方からでもなければ、これから行く道の方からでもない。谷の方から聞こえて来るのだ。この道は尾根伝いに設けられた一本道であるし、谷の方に人がいるとは思えない。それで、たぶん気のせいだろうと思い、腰を上げて歩き始めた。
歩きながら考えた。もしかすると、谷の方から聞こえたのは、風で声の方向が変ったからかもしれない、それとも、声が「こだま」で反射したからかもしれない、と。きっと、尾根道にいる人が呼んでいるのだろう。
しかし、なぜ呼んでいるのだろうか。猿に襲われたのだろうか。もしそうだとすれば、「助けてくれ~」などと叫ぶはずである。気にしながらも良く分からないのでそのまま歩き続けた。
10分ほど歩いた所で、また、「お~い」「お~い」と呼ぶ声がした。立ち止まって、聞き耳を立てた。「お~い」「お~い」今度ははっきりと聞こえる。やはり谷の方からである。
今度は、「誰かいませんか~」「いたら返事をしてくださ~い」と聞こえた。そこで、大きな声で「どうしたんですか~」と言った。すると、何か奇声が聞こえた。
そして、「そこを動かないでくださ~い」「そこへ行きますから~」と言っている。そこで、しばらく黙って待っていたら、今度は、「お~い」「声を出してくださ~い」「どこにいるか分かりませ~ん」と言った。
そこで、「ここですよ~」と答えて、またしばらく待っていた。すると、「声を出し続けてくださ~い」「場所が分かりませ~ん」と言う。そこで、「ここですよ~」「ここですよ~」と何度も言った。
ようやく谷の方から人が上がって来て、私を見ると、「あぁ、助かった~」「助かった~」「助かった」「助かった」「助かった」と何度も言って、へたり込んだ。そして、「道に迷ってしまった」と言う。
「水があったら1杯飲ませてもらえませんか」と言うので、「好きなだけ飲んでいいよ」と言って水筒を渡した。すると、水をごくごく飲んでから、「あなたは命の恩人だ」と言う。
落ち着いたようなので、「なぜ道に迷ったんだ、この道は一本道だし、道ははっきり付いているし、迷うような所ではないはずだ」と言うと、次のように言った。
「徳本峠の小屋を出て、しばらく歩いたら、のどが渇いたので、水を飲もうとした。ところが、水筒の中に水が入っていなかった。小屋を出るときに、水筒に水を入れるのを忘れた。そこで、小屋まで引き返そうかと思ったが、谷の方から水音が聞こえるので、谷に下りることにした。谷に下りた方が小屋まで引き返すよりずっと早いと思った。しかし、谷に下りてみると、崖のような所ばかりで、水を飲めるような場所が見つからない。そこで、水を飲める場所を探して、谷に沿って歩いたのだけれど、どこまで行っても、そのような場所が見つからない。そこで、これは引き返した方がいい、と思って引き返したが、その途中で迷ってしまった」と。
「谷に下りるなんて、馬鹿なことをしたもんだな」と私は言った。そして、「谷に下りても複雑な地形ではないから、地図を見ながら歩けばすぐに元の道に戻れるはずだが、なぜ迷ったんだ」と聞くと、地図は持っていないと言う。
私はあきれた。地図を持たずに、谷に下りるなんて。地図を持っていれば尾根と谷の位置も分かるし、等高線の間隔で谷の勾配も分かる。それに、磁石があれば方角が分かるので、現在位置もだいたい分かる。
「なぜ、お~い、お~い、と呼んだのか。お~い、と呼んでも、なんで呼んでいるのか分からない」と言ったら、「お~い、と呼べばお~いと答えてくれるだろうと思った」と言う。
「お~いと呼んでも何で呼んでいるのか分からないだろう」「最初から、誰かいませんか~、とか、誰か返事をしてくださ~い、とか言えばもっと早く返事ができたよ」と私が言ったら、そうだなと彼が言った。おそらく気が動転していたのだろう。
彼が助かった理由は、たまたま私が近くを歩いていて、彼の呼ぶ声を聞きつけ、返事をしたからではない。彼が、のどが渇いているにもかかわらず、引き返した方が良いと判断し、登れば道に出ると考えて登りつづけたからである。
登りつづければ必ず尾根に出て道に出る。ところが通常、人はのどが渇いて水が飲みたいときには谷に下りようとするし、のどの渇きをいやすまでは水を求めて谷を歩き回る。そのうえ、疲れているので決して登ろうとはしない。だから、遭難してしまうのである。
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