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開発&コンサルティング

4-18 イノベーションのための人事制度

1.イノベーションに必要な人事制度とは

企業がイノベーションを実施するには、企業家精神を持った人を社内で探すか、あるいは社外で探し採用して、企業家精神を発揮してもらうことです。あるいは、社外の企業家に投資することです。なぜなら、社内で企業家精神を持った人を育成することは難しいからです。

企業家精神というのはほとんどが生まれ育った生活環境によって子供の頃に培われるものなのです。この点に関しては各国でも調査がなされています。各国の調査で共通しているのは、企業家精神を持った人の多くが、親が企業経営者、又は自営業者であったことです。

企業家精神を持った人に企業家精神を発揮してもらい、企業家になってもらうためには、イノベーションに必要な人事制度を設ける必要があります。つまり、欧米のように、成果に応じて報酬に大きな差をつける本来の成果主義人事制度を設けるのです。しかし、そのような人事制度を設けている企業は日本では少ないでしょう。

例えば、筆者がかつて勤務していた大手の経営コンサルティング会社は成果主義人事制度を採用しておりました。プロ野球選手と同じように年俸制で、毎年契約更新です。年俸は、欧米ほど大きな差はないのですが、それでも業績によって数倍の差がありました。このためか、この制度になじめず、毎年、多くの人が退職して行きます。

入社希望者は多いのですが、退職率も非常に高く、入社半年間の見習い期間で約半分の人が辞めて行きます。つまり、入社できても半分の人が経営コンサルタントになれないのです。そして、その後も、毎年30%ぐらいの人が退職して行きます。よって、入社して3年もすると、同期入社の人がほとんどいなくなってしまいます。

さて、ピーター・ドラッカーは企業がイノベーションを実施する場合に、担当する企業家の昇進や報酬に関して次のように書いています。

「新しい事業を担当する人たちをしかるべき報酬によって動機づけなければならない」「当初の報酬は、新事業を担当する直前の水準に合わせておくことが妥当である」「新製品や新市場あるいは新サービスの開発に成功し事業として発展させた暁には、担当副社長や事業部長に任命し、相応の地位やボーナスあるいはストックオプションを与えるようにすべきである」と。

つまり、企業家精神を発揮してもらうためには、しかるべき報酬を与え、成功したら相応の地位と報酬を与える必要があるのです。そして、そのための人事制度を設けるのです。そうしないと、企業家精神を持った人を採用しても、すぐに退職してしまうからです。

また、イノベーションに失敗した人に対しては、ドラッカーは次のように書いています。「イノベーションを担当する人たちは、たとえ失敗しても元の仕事、元の報酬に戻れるようにしておくべきである。失敗は褒める必要はなくても、挑戦に罰を与えてはならない」と。

しかし、ある日本の一部上場企業では、社内ベンチャーを立ち上げる条件として、「失敗したらその責任者を解雇する」というルールを設けています。その企業は、「多くの投資を行い、リスクを冒して社内ベンチャーを立ち上げるのだから当然の罰だ」と言うのです。このような考えだからイノベーションが実施できないのです。

そもそも企業にとって、企業家精神を持った人は必要なはずです。一度失敗したからと言って解雇するのは企業にとって大きな損失です。

ところが幸いなことに、企業家というのは、失敗して解雇されても、起業して再挑戦するのです。むしろ、これまで育ててくれたことを感謝するのです。こういう人が企業家なのです。企業家にとっては、解雇されることは問題ではないのです。なぜなら、本来、企業家とは私的帝国を建設しようとする人なのですから。

2.従業員が取得した知的財産をどう評価するか

知的財産にはいろいろありますが、ここでは特許権の評価について説明いたします。なぜなら、特許権の評価の仕方が分かれば、その他の知的財産についても同じような考え方・方法で評価できるからです。

社内の企業家(従業員)が発明をして特許を取得した場合に、その特許をどのように評価するかを知らなければ、企業家の業績評価ができません。要するに、従業員の発明、いわゆる職務発明をどう評価するかの問題です。

以下に掲載する内容は、筆者が特許の評価について研修を受けて、その時の研修内容、及び配布資料から引用し、要点を分かりやすく書いたものです。したがって、より詳しく知りたい方は、発明協会にお尋ねください。

主催:独立行政法人 工業所有権情報・研修館
実施:社団法人発明協会、及び株式会社ベンチャーラボ

特許の評価には、特許の価値の評価と特許の価額(経済価値)の評価とがあります。まず、特許の価値の評価を行ってから、特許の経済価値の評価を行います。

≪特許の価値の評価≫

(1)特許権自体の評価

特許権が成立するまでに異議申し立てをされたり、訴訟を起こされたり、など特許の権利化状況、及び権利の存続期間に関しての評価

(2)技術内容に対する評価

技術レベル、代替技術との技術的優位性の評価

(3)市場性、事業性に対する評価

特許権が事業のどの部分にどの程度かかわっているのか、事業の売上にどの程度貢献しているのかなど特許の事業への寄与度、及び事業規模などの評価

≪特許の経済価値の評価≫

(1)コストアプローチ法(原価法)

研究開発費、その他特許を生み出すために使った費用(コスト)を経済価値とみなす方法

(2)マーケットアプローチ法(取引事例比較法)

実際の市場において、比較可能な類似の特許があり、その市場価格と比較して推定する方法

(3)インカムアプローチ法(収益還元法)

将来生み出すであろう、リターン・キャッシュフローを推定し、技術的・経済的耐用年数や割引率に基づいて現在価値を求め、それを特許権の経済価値とする方法

≪キャッシュフローをベースとした経済的価値評価≫

特許権が今後n年間にわたって生み出すと予想されるキャッシュフロー(CF)を現在価値に換算して評価する方法です。インカムアプローチ法(収益還元法)に基づくものであり、現在価値の算出にはDCF法(Discounted Cash Flow)を適用しています。

現在価値=Σ{CFn/(1+i)nl}

ここで、
CF:キャッシュフロー(百万円)

データとして把握可能であれば、フリー・キャシュフロー(FCF)とすることが望ましい。

FCF=営業利益×(1-税率)+減価償却率-投資金額±運転資本の変化

n:期間

特許の存続期間、経済的耐用年数、減衰性(技術の停滞、陳腐化)などを考慮して検討する。

i:割引率(%)

割引率を構成する要素としては、金利やリスクなどがある。リスクとは不確実性であるが、企業努力によって回避できるものと、マーケットリスクのように回避が難しいものとがある。実務的には、推定値(例えば10%)を適用する。

≪実施料率をベースとした経済的価値評価≫

マーケットアプローチ法(取引事例比較法)の代表的な方法で、実際の類似市場における、類似技術・特許の実施料率を適用する方法です。

これは実施許諾契約(ライセンス契約)の際に採用される実施料率を適用するもので、比較が容易であり、説得性もある。ただし、この評価方法は特許が取引の対象になるだけの価値を有していることが前提となる。

売上高が所与のものとして与えられた場合、以下の式で表すことができる。

現在価値=Σ{(Sn×r)×1/(1+i)n}

ここで、
Sn:各年度売上高(百万円)
n:期間
r:実施料率(%)
i:割引率(%)

なお、発明協会研究所編『実施料率』には、各技術分野(31分野)別の実施料率データが示されており、有効に活用できます。

≪特許庁方式による経済的価値評価≫

公的機関の研究によって得た国有特許を民間が実施する場合に適用する実施料率算定方法を用いて評価する方法です。

実務上では分かりやすく、以下の式で表すことができます。

特許権の価値=基本額×実施料率(基準率×利用率×増減率×開拓率)

上記の結果を現在価値に換算して経済的価値とします。基本額の設定には、販売価格、販売数量、生産数量、利益金額等のパラメーターが使用されます。その他の各要素の定義について詳しくは発明協会研究所編『実施料率』を参照して下さい。

3.企業家を養成するには

企業家精神を持った人が社内にいたとしても、また、社外から採用したとしても、日本の多くの企業では企業家を養成してはいません。なぜなら、仮に養成したとすると、退職されてしまい、起業してしまうからです。なぜなら、企業家とは私的帝国を建設しようとする人だからです。また、多くの企業では、社内で企業家精神を発揮できるような人事制度を設けていないからです。

そもそも、企業家を社内で養成するのは非常に難しいです。例えば、米国のビジネススクールでは専門経営者の養成だけでなく、企業家の養成も行っています。

かつて、米国のビジネススクールでは専門経営者や企業家を養成するために、ビジネスゲームを創作して、学生にそのゲームに取り組ませていました。日本でも、ビジネススクールや企業ではビジネスゲームに取り組んでいました。しかし、この方法では養成はできないのです。なぜなら、ゲームはあくまで創作したものだからです。

実際の企業では想定外の事態が多く発生するので、これらを簡略化してゲームを創作するのですが、むしろ、想定外のことが起きるのが実際の企業なのです。したがって、専門経営者や企業家の養成のためには、想定外のことにどのように対処するかを訓練しなければならないのです。

よって、創作したゲームに取り組んでも、専門経営者や企業家の養成にはならないわけです。単なる遊びのゲームになってしまうのです。

よって、過去の実際の企業を対象に、ケース・スタディとして訓練を行えば良いのです。自分がその企業の経営者あるいは企業家になって戦略決定した場合に、実際の企業より悪い結果になったり、良い結果になったりします。よって、経営者あるいは企業家としての疑似体験ができるのです。

つまり、ビジネスゲームに取り組むより、実際の企業をケース・スタディとして訓練を行った方が良いのです。その場合には、必ず、自分がその企業の経営者、又は企業家になって、いろいろな場面で戦略決定してみるのです。そして、その結果どうなるかを想定した訓練をするのです。

もちろん、単に、過去の企業の歴史を学んだだけでは訓練にはなりません。また、できるだけ多くの企業で、戦略決定を中心に訓練をしておくのです。なぜ成功したのかよりも、なぜ失敗したのかその原因を追求すると、良い訓練になります。

ところで、公開されている日本の企業の社史には経営戦略がほとんど書かれておりません。そのうえ、江戸時代の日本語の文書(古文書)は難しくて読めません。よって、日本の企業を訓練対象にしてもダメです。

これに対し、米国の企業では過去の役員会の議事録を公開していますし、本になっている場合もあります。英語なら辞書を片手に読むことができるのです。

しかも、米国は日本と異なり、封建制度がなかったので、比較的純粋な形で、つまり企業努力だけで工業化が進展し、短期間で世界一の工業国になったのです。よって、米国企業の歴史研究は専門経営者や企業家の養成に役に立つのです。

また、企業の歴史研究だけでなく、企業家の歴史研究もあります。企業家(者)史研究(Study of Entrepreneurial History)と言います。これは経営史学(経営の歴史研究)の一分野ですが、経営学と文化人類学との学際的な研究になります。企業家は人なので、人の研究も必要なのです。

企業家の歴史研究のテーマは、どのようにして企業家精神を身につけ企業家になったのか、そして企業家としてどのような活動を行ったのかの研究です。よって、人を研究する文化人類学が必要なのです。

ところで、企業家を養成する最も良い方法は、企業家精神を持った人が実際に企業家として事業を行うことです。事業を行って業績を向上させたり、業績を悪化させたり、時には撤退したりします。また、事業を買収したり売却したりします。このようなことを繰り返しているうちに企業家としての実力が身につくのです。

このような環境があれば理想的です。この環境を整えることができるのが大企業なのです。大企業はリスクを冒して、多くの社内ベンチャーを立ち上げ、企業家を養成することができるのです。

ところが、大企業はリスクを冒したくないために、社内ベンチャーを立ち上げることができず、企業家の養成ができないのです。その結果、イノベーションができないのです。

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