既に書きましたように、シュンペーターによれば、イノベーションを実施する企業家とは、創造の喜びを得るために闘争して勝利を収め、私的帝国を建設しようとする人のことです。つまり、このような企業家精神を持った人が企業家であり、独立心が非常に強い人です。
このような人が大企業にいるでしょうか。大企業の社員たちは、そもそも、できるだけ安定した生活を望み、いわゆる「寄らば大樹の陰」で大企業に就職した人たちなのです。よって、大企業には企業家精神を持った人はいません。
また、大企業では、起業するために必要な技術や経営ノウハウを習得することはできません。なぜなら、大企業に就職すれば、会社の都合で仕事が決められるため自分が希望する仕事を行うことはできないからです。
まして、一般社員では経営者の仕事を身近に見ることもできませんので、経営ノウハウを習得することもできません。よって、起業するために必要な技術や経営ノウハウを習得しようとしている人は大企業にはいないのです。
企業家精神を持ち、近い将来、起業しようとしている人は、独自技術を持った中小企業やベンチャー企業に就職して、起業するために必要な技術や経営ノウハウを習得しているのです。そして、起業する機会を狙っているのです。
よって、大企業がイノベーションを実施するのは非常に難しいです。
では、どうすれば大企業がイノベーションを実施できるでしょうか。P.F.ドラッカーは、『イノベーションと企業家精神』に次のように書いています。
「昔から、大企業はイノベーションを生まないという。確かにそのように見える。今世紀の大きなイノベーションは既存の大企業からは生まれなかった」「しかし、・・・・・・まったくの誤解である。まず、多くの例外がある。企業家としてイノベーションに成功した大企業の例は多い」と。
しかし、ドラッカーが例として挙げている企業はすべて欧米の企業であって、日本の企業ではありません。また、ドラッカーが、「企業家としてイノベーションに成功した大企業の例は多い」と書いているように、大企業が企業家なのです。このため、イノベーションに成功したのです。
かつて日本には、松下、ホンダ、ソニーなどのように、「企業家としてイノベーションに成功した大企業」は多くありましたが、現在の日本にはそのような大企業はあまりないと思います。
なぜなら、「4-4 1980年に行われた日本企業と米国企業の環境適応方法の比較」でも明らかなように、米国企業は製品戦略を重視し、花形製品を多く開発していたのに対し、日本企業は生産戦略を重視し、既存製品の品質向上とコスト削減に終始していたからです。そして、現在でも当時と同様に、欧米に追い付け、追い越せを継続して行っており、フォロアーの戦略を採っているからです。
さて、ドラッカーは次のようにも書いています。「規模の大きさそのものはイノベーションや企業家精神の障害とはならない。確かに、よく問題にされる大組織の官僚的体質や保守的体質は、イノベーションと企業家精神にとって深刻な障害となる。しかし、それは中小の組織においても同じである。最も企業家精神に乏しく最もイノベーションの体質に欠けているのは、むしろ小さな組織である」と。
さらに、次のようにも書いています。「イノベーションと企業家精神にとって障害は規模ではない。それは既存の事業そのものであり、特に成功している事業である」「既存の事業がイノベーションと企業家精神の障害になる。問題はまさに過去および現在の事業の成功にある」と。
要するに、日本の大企業は「過去および現在の成功」によって大企業になったのです。そのためにイノベーションを実施することができないのです。日本の大企業は未だに、品質向上、コスト削減、工場の生産性向上などに取り組んでいます。また、ICT、IOT、AIなど、欧米に後れを取っている技術を対象に、欧米に追い付け、追い越せを継続して行っており、フォロアーの戦略を採っているのです。
このため、企業の将来を担う画期的な新製品の開発や画期的な新事業の開発に取り組むことができないのです。つまり、イノベーションを実施することができないのです。
また、P.F.ドラッカーは、既存の事業において企業家精神を発揮するには、マネジメント上いくつかの具体的な方策があるとして、次の3つの方策を挙げています。
報告書には第1ページを2つ付けなければならない。1つは、これまでと同様、問題を列挙すればよい。しかし、もう1つは業績が期待や計画を上回った分野を列挙する。なぜなら、事業において予期せぬ成功は、イノベーションの機会の兆候だからである。予期せぬ成功を調べなければ企業家精神を発揮することはありえない。
したがって、企業家的な企業では2つの会議を開く。1つは問題に集中する会議であり、もう1つは機会に集中する会議である。
そうした人や部門を特定し、脚光を当て、何をして成功したか、他の人がしていない何をしたか、他の人がしている何をしなかったかを聞く。このため、ある企業では、半年に1度、事業部担当、市場担当、製品ライン担当にマネジメントの人間を4、50人集め、2日間に及び戦略会議を開いている。
この種の会合は、下から上へのコミュニケーション機会であり、若手が狭い専門分野から離れ企業全体を見る絶好の機会である。さらに、トップマネジメントが何に関心をもち、それがなぜであるかを理解できるようになる。トップ側も若手の価値観、ビジョン、関心を理解できるようになる。そして何よりも、会社全体に企業家的なものの見方を浸透させることができる。
しかし、ドラッカーが主張するような上記の方策を日本の経営者が実施できるでしょうか。できないと思います。なぜなら、「4-4 1980年に行われた日本企業と米国企業の環境適応方法の比較」でも明らかなように、日本の経営者は「革新へのイニシアティブ」を重視していないからです。
「革新へのイニシアティブ」とは、新しいアイデアを受け入れ、それを実現するためにリスクに挑戦することを指します。未だにフォロアーの戦略を採っている経営者が、「革新へのイニシアティブ」を重視するわけがありません。
以上の理由により、日本の大企業は自らイノベーションを実施することができないのです。そこで、日本の大企業がイノベーションを実施する方法の1つは、企業家に投資することです。
大企業であろうと中小企業であろうと、日本の企業が自らイノベーションを実施するためには、集団主義から個人主義に転換する必要があります。つまり、何でもみんなで話し合って多数決で決めるのではなく、また、何でもみんなで全社一丸となって実行するのではないのです。数人から意見を聞いた上で1人で決めて、できるだけ1人が責任を持って実行するのです。特に経営者や管理者はそうすべきなのです。
ところで、欧米では、企業家精神を持った若者たちは大学を卒業したらビジネススクールに行き、卒業したら通常、ベンチャー企業に就職します。なぜなら、数年したら起業する予定だからです。なぜなら、ベンチャー企業は自分が望む仕事ができるし、経営者とも身近に意見交換できるので、起業に必要な技術や経営ノウハウを習得することができるからです。これについては、日本でも同じはずです。
では、なぜ、日本では起業しようとする若者が少ないのでしょうか。それは、リスクを冒して起業するよりも、できるだけ安定した大企業やお役所に就職した方が将来安心だと考える人が多いからです。そして、その原因は集団主義が主な原因なのです。みんなで協力して一致団結して働こうとするのです。
これが共存共栄を望む農耕民族の特徴なのです。一方、狩猟民族は誰よりも多くの獲物を獲ろうとします。もちろん、1人では獲れない獲物は協力して獲ります。しかし、基本的には、誰もが1人で獲物を獲ろうとするのです。つまり、競争なのです。このことは、企業も同じです。企業は他の企業と共存共栄を図ろうとしているのではなく、競争をしているのです。
企業が競争をしているのに、企業で働く経営者や管理者、及び従業員が共存共栄を図っているようでは、企業は競争に負けてしまいます。
その証拠とも言える企業の実態を紹介すると、日本の企業では、一生懸命に働いた人と働かなかった人との報酬の差があまりないのです。せいぜい2倍程度です。よって、多くの人は他の人の働きぶりに合わせて働くのです。仮に、企業家精神を持った若者が一生懸命に働いて抜群の成績を上げても、かえってうとまれ、ねたまれ、嫉妬され、そして出る杭は打たれ、結局、村八分にされてしまうのです。
しかも、村八分にされて退職し、奮起して起業したとしても、失敗してしまうと、「やっぱり失敗したか自業自得だ」と思われるだけで、誰も助けてはくれないのです。
よって、企業が自らイノベーションを実施するには、集団主義を廃止して、個人主義に転換する必要があります。最近では、企業が個人の考え方や価値観の多様性を認めるようになりました。そして、むしろ、個人の多様性を重視するようになってきました。この原因は、もちろん労働力不足です。しかし、この機会に、企業は個人主義への転換を推進すべきです。そして、社内ベンチャーをたくさん立ち上げて育てて下さい。
日本では昔から集団主義であり、個人の考え方や価値観、生き方などを尊重する個人主義ではないため、欧米に比べると廃業率も開業率も非常に低いのです。その結果、経済の新陳代謝が活発に行われないのです。起業する人を助けるエンジェル(個人投資家)も投資会社も日本では非常に少ないのです。そのため、日本の経済が低迷してしまうのです。
本来は、資金に余裕があり、経営能力がある大企業が、起業する人に投資する投資会社になって、企業家を育てイノベーションを推進しなければなりません。そして、日本の経済を活性化させなければなりません。
たとえ多くの企業が廃業しても、また、多くの人が起業するのが正しい経済のあり方です。これが経済の新陳代謝なのです。つまり、廃業率も開業率も高いのが良いのです。世界的な競争が厳しくなり、経営環境が激しく変化しているので、今こそ日本の経済の新陳代謝を推進しなければならないのです。
「4-8 経営戦略として実施するイノベーション」で説明しました、「経営戦略として実施するイノベーション」が決まりましたら、まず、イノベーションを実施する企業家を社内で探すか、それとも社外で探して採用します。
次に、イノベーションを実施できるようなチームを編成し、組織を立ち上げます。この組織は他の事業とは別の組織にし、通常は社内ベンチャーにします。そして、必要な資金、設備、技術などの経営資源を準備し、チーム(社内ベンチャー)に対して必要な支援ができるような体制づくりを行います。
イノベーションのための組織について、P.F.ドラッカーはその著書『イノベーションと企業家精神』に次のように書いています。
「イノベーションを行うには、そこに働く1人ひとりが企業家になれる構造が必要である」「新事業は、既存の事業から分離して組織しなければならない。企業家的な事業を既存の事業を担当する人たちに行わせるならば、失敗は目に見えている」
「その理由の1つは、既存の事業は、それに責任を持つ人たちから膨大な時間とエネルギーを奪うからである。既存の事業はそれだけの価値がある。新事業は既存の事業と比べるならば、さして期待のもてないつまらないものに見える。しかも、悪戦苦闘するイノベーションを養ってくれるものは既存の事業である。今日の危機に対しては今日対処しなければならない。したがって既存の事業に責任を持つ人たちは、イノベーションに関わる活動をすべて手遅れになるほど先延ばしにする」
「したがって、新事業は別の人たちに担当させなければならない」と。
また、次のようにも書いています。
「新事業の息の根を止めることを防ぐおそらく唯一の方法は、それらのものを初めから独立した事業としてスタートさせることである」
「新事業やイノベーションに関わる仕事を独立させて行う理由はもう1つある。それは負担を軽くするためである。新市場に参入したばかりの新製品に、既存の事業に課しているのと同じ負担を負わせることは、6歳の子供に60ポンドの重さのリュックを背負わせるようなものである」と。
イノベーションの責任者については次のように書いています。
「新事業の核となる人はかなり高い地位にあることが必要である」「トップマネジメントの1人が、明日のためにその特別の仕事に責任を負わなければならない」「それは明確に定められた仕事であって、権限と権威をもつ者が全面的な責任をもつものでなければならない」
「イノベーションに関わる仕事、特に、新事業、製品、サービスの開発を目的とする仕事は、原則としてすべて既存の事業のマネジメントではなく、このトップに直結させなければならない。既存の事業に責任を持つマネジメントのもとにそのような仕事を置いてはならない」
「新事業はいわば赤ん坊であって赤ん坊のままでいる期間は長い。赤ん坊を置くべきところは育児室である。成人すなわち既存事業を担当する人たちには赤ん坊に割ける時間はない。理解もできない。そもそも関わっている余裕がない」
「このイノベーションを担当する者は、もっぱら赤ん坊のために働き、しかも見込みがなければ中止させることのできる高い地位になければならない」
「もちろん複数のイノベーションを手がけている場合、トップマネジメントの1人がそれらのすべてを担当することもできる。技術や市場や製品が異なっても問題はない。いずれも企業家的な新事業であり、同じ小児病にかかる危険がある」と。
筆者は長年、企業のコンサルティングを行って来ましたので、いろいろな企業を見てきましたが、新製品開発や新事業開発が失敗する企業の特徴は、以下のような企業です。
開発の責任者と開発チームのリーダーは別の人にすべきです。開発チームのリーダーは開発を実際に行うチームの管理者ですが、開発の責任者は開発がうまく行くように会社のあらゆる経営資源を活用して開発を推進する人です。また、開発がうまく行かない場合には開発を中止する権限を持った人です。つまり、リスクを冒すことができる取締役などの役員が開発の責任者になるべきです。
ちなみに、開発チームのリーダーを開発の責任者にすると、開発を行う責任があっても開発中止の権限がないために、責任の重圧からどうしても自由な発想ができなくなります。例えば、既存の製品の単なる改善になったり、既存の製品の用途開発になったりして、本来の新製品の開発や新事業の開発ができなくなるのです。
ある一部上場企業では、開発本部の下に、いくつかの開発チームがあって、それぞれのチームにリーダーがおりました。そして、開発本部の本部長が取締役でもありました。しかし、開発本部長の開発方針は、「売れる物を開発しろ」でした。そのため、アイデアを提案すると、いくら売れるかをすぐに問われるのです。
開発チームが出したアイデアは育てるものです。アイデアを育てるには、関連する部門が協力しなければなりません。例えば、試作して技術的な問題点をチームにフィードバックするとか、テスト販売して顧客の反応をみるとかです。ちなみに、関連する部門とは、開発した製品を製造・販売したり、開発した事業を実施する予定の部門です。
関連する部門からのフィードバックや顧客の反応に対して、チームで再度アイデア発想を行います。そして、また、試作したりテスト販売したりします。このようなことを何度か繰り返すのです。つまり、チームと関連部門とがキャッチボールを行うのです。このような協力が必要にもかかわらず、関連部門ではチームが出したアイデアを評価することしか行わないのです。
リーダーはあくまで管理者ですので、チームメンバーがよい発想ができるように、メンバーの発想を妨げる要因をできるだけ取り除くのがリーダーの重要な役割です。もちろん、リーダーが自らアイデア発想も行うのですが、チームの管理を行わないで、面白がってメンバーと一緒にアイデア発想ばかりしていてはリーダーの役割を果たせません。
ある一部上場企業では、開発部の部長が開発のリーダーとなっていました。この部長は、かつて多くの特許を取り、このために会社は成長・発展しました。そのため、開発部の部長になったのです。しかし、リーダーとしての役割を果たさず、開発メンバーと一緒にアイデア発想ばかりしていました。しかし、新しい技術が理解できず、結局、いつも部長の出したアイデアはものにならないのです。
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