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第62回 単独行はグループ山行よりも安全で安心

これまでも何度か、グループ山行が安全とは言えないことを書いた。そこで、最後に、改めて書くことにする。

単独行は危険だと誰もが言う。山を1人で歩いていると、「単独行は危険だから止めた方がいい」とわざわざ声をかけてくる人もいる。なぜ、誰もがそう言うのだろうか。

真冬に、八ヶ岳を1人で歩いていると、ある大学の山岳部が冬山訓練をしているのに出会った。その中の1人が私を見て、「単独行ですか」と聞くので、「そうです」と答えた。すると、それを聞いて他の数人も口々に「単独行は危険だ」と言う。

そこで、その理由を聞いてみた。すると、「仲間がいれば、もし何かあった時には助けてもらえるが、1人ではどうにもならない」と言う。そこで、あえて「何かあった時って、何があるのですか」と聞いてみた。すると、「足をくじいて歩けなくなったり、滑落して大怪我をしたり、病気になって動けなくなったり、道に迷ったり・・・」といろいろと言う。

確かにその通りだと思う。しかし、「そんな時に、本当に仲間が助けてくれるのだろうか」と私は疑問に思う。

大学の山岳部のように、日ごろから非常時の訓練を行っているグループであれば、何かあった時には助け合うことができると思う。しかし、実際には、そのようなグループはあまりない。通常は、職場の同僚とか、学生時代のクラスメートとか、趣味の仲間とかで山歩きをしている。

あるいは、旅行会社やハイキングクラブなどが募集した山行計画に参加し、お互いに顔も名前も良く知らない人たちで山歩きをしている。

そういう人たちがグループで山歩きをする理由は、やはり「何かあった時には誰かが助けてくれるから」なのである。おそらく、グループ山行の参加者全員がそう思って参加するのではないだろうか。

それはもちろん、「山歩きをしたいが、1人では危険だから」である。しかし、そういうグループの参加者のほとんどが非常装備を持っていない。リーダーでさえ持っていないのである。

私は、一般募集の日帰りハイキングに、これまで何度も参加したことがある。その時には、当然、リーダーと称する人や参加者たちがどの程度の山歩きの知識や経験を持っているかは分からない。分かるのは外観から判断できる装備や身支度だけである。

リーダーと称する人でも、山里を散歩するような格好の人もいる。スニーカーを履いてナップサックを背負っていたりする。当然、非常装備など持っていないだろう。リーダーの役割は単なる道案内だけなのである。

その一方で、装備がしっかりしているグループもある。聞いてみると、リーダーの他に、サブリーダーが数人いて、テントや、数人分の予備の水・食料を担いでいる。非常装備も持っている。しかし、このようなグループは少ない。

私はかつて、数人の知り合いから、山に行きたいのでリーダーになって欲しいと頼まれて、にわかリーダーになったことが何度かあった。私がリーダーであれば、日帰りハイキングであっても、当然、山行前に、必ずメンバーとミーティングを行う。装備についてはもちろん、山行前に体調を整えておくことや、山で気を付けることなどについて話し合う。

そして、山行当日にそれらの準備ができていないメンバーには、当然、帰ってもらう。その理由は、本人にとって危険であるだけでなく、他のメンバーに迷惑をかけるからである。

一方で、メンバーがリーダーに期待するのは、第1に道を良く知っていて、絶対に道に迷わないことであり、第2に何かあった時には助けてもらうことである。この2つがメンバーの最大の心配ごとなのだ。

そこで私は、リーダーとしてメンバーに尋ねる。「もし私が足をくじいて歩けなくなったり、滑落したりした場合には、誰が私を助けてくれるのか」と。当然、私を助けてくれる人は誰もいない。なぜなら、誰もそんなことは考えていないし、そのための準備をするつもりもないからである。

それだけではない。もしリーダーである私が動けなくなった場合には、メンバーも動けなくなる恐れがある。なぜなら、道を知っているのは私だけだからである。私をその場に放って置いて、メンバーだけで帰ることができれば良いが、通常はできない。

なぜなら、道案内を人に頼るような人たちは地図を持って来ないからである。また、来た道を戻ろうとしても、初心者には戻れないからである。なぜなら、後ろ向きで歩いて来たわけではないので、同じ道でも、来た時と戻る時とでは全く違って見えるからである。山歩きに慣れていない人は、初めて歩いた道をたどって戻るのは難しいのである。

よって、どんな山へ行くにも非常装備は必要である。しかし、ほとんどの人は山へ行くのに非常装備を持って行かない。また、普段からジョギングをするなど、体力・体調を整えていない。

そして、「グループで行けば何かあった時には誰かが助けてくれる」と思っている。全員がそう思って参加するのだから、何かあっても助けてくれる人はいない。「何かあったら私が助けてあげる」と思って参加する人は1人もいないのである。

したがって、そういうグループで山へ行っても、安全で安心な山歩きはできない。グループで山へ行くのであれば、参加者のうち何人かは、非常装備と非常時の知識・経験を持っている必要がある。

そうでなければ、1人で山歩きをした方が安全で安心である。自分の技術・経験、体力・体調に合った山へ行き、何かあっても、そのための準備をしっかりしていれば、心配することはない。つまり、グループ山行よりも単独行の方がむしろ安全で安心なのである。

グループで行けば必ず人を頼るようになる。何かあったときには誰かが助けてくれると思っている。ほとんど人はそのためにグループで行くのだから。みんなで歩けば怖くないと思っている。

しかし、実際には、何かあった時には誰も助けてくれない。何度でも言う。何かあっても誰も助けてはくれない。なぜなら、「何かあったときには私が助けてあげよう」と思って参加する人は1人もいないからである。リーダーと称する人でも非常装備を持っていないのだから。

ところが、1人で山へ行けば頼る人は誰もいない。だから、何かあっても1人で対処しなければならない。よって、自分の体力・体調や技術・経験の範囲内でしか行動しない。そして、少しずつ、少しずつその範囲を広げて技術・経験を積んでいくのである。

単独行者として有名な加藤文太郎氏も同じようなことをその著書、『単独行者』に書いている。

「単独行者はいかにして成長してきたか、もちろん他の多くのワンダラーと同じく生来自然に親しみ、自然を対象とするスポーツへ入るように生まれたのであろうが、なお一層臆病で、利己的に生まれたに違いない。彼の臆病な心は先輩や案内に迷惑をかけることを恐れ、彼の利己心は足手まといの後輩を喜ばず、ついに心のおもむくがままに独りの山旅へと進んで行ったのではなかろうか。かくして彼は単独行へと入っていったのだが、彼の臆病な心は彼にわずかでも危険だと思われるところは避けさせ、石橋をたたいて渡らせたのであろう。彼はどれほど長いあいだ平凡な道を歩き続けてきたことか、また、どれほど多くの峠を越してきたことか。そして長い長い忍従の旅路を経てついに山の頂へと登っていったに違いない。すなわち彼こそは実に典型的なワンダラーの道を辿ったものであろう。かくの如く単独行者は夏の山から春ー秋、冬へと一歩一歩確実に足場をふみかためて進み、いささかの飛躍をもなさない。故に飛躍のともなわないところの単独行こそ最も危険が少ないといえるのではないか」と。

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