 
昔、トヨタ自動車がトヨタ自工とトヨタ販売とに分かれていたずっと昔の話です。トヨタ販売では石油ショックのあおりを受け、業績がかなり落ち込んでいました。その原因を調べてみると、売上の低迷だけでなく、コストアップとなっていることが分かったのです。
そこで、コストアップの原因を調べてみると、ムダな業務が多く、その結果としてムダな書類が大量に作成されていることが分かったのです。そこで、何度も書類削減の指示を出して削減を図ったのですが、一向に効果があがりません。
なんとしてでもムダな書類を削減しないと会社がつぶれてしまう、という危機的状況にあることを知った常務は思い切った手を打ちました。ある日の朝、社員全員を集めて次のように宣言したのです。「今日から、一旦ロッカーから取り出して使った書類は、二度とロッカーにしまわないで、机の上や机の周りに置いておいてください。半年後にロッカーの中にある書類は全て焼却処分します」と。
社員たちは、常務が馬鹿なことを言い出したぞ、と本気にしませんでした。しかし、常務は、毎月、各部署を抜き打ちチェックして回りました。一旦、ロッカーから取り出して使った書類をロッカーに戻していないかどうかをチェックしたのです。そして、毎月、あと◯ヶ月だぞ、と言って回ったのです。そして、ついに半年が経ちました。
約束の日(土曜日)に、常務は各部署のロッカーを封印して回ったのです。その土曜日に休日出勤して働いていた人たちは、「ちょっと待ってください、中の書類を調べさしてください」と言ったのですが、常務はその言葉を無視して封印し、封印を解いたものは厳罰にすると言ったのです。
翌日の日曜日に、常務は業者を呼んで、各部署のロッカー全てを中庭に運び、ロッカーの中の書類を全て取り出して、中庭の真ん中に山済みにしました。
月曜日の朝、社員が出社し、状況を知って驚きました。しばらくして、社員全員、中庭に集まるようにという社内放送がありました。全員が中庭に集まると、常務は社員全員が見ている前で、山済みになった書類にガソリンをかけて火をつけたのです。最初、社員たちは冗談だろうと思っていたのです。まさか本当に火をつけるとは思っていなかったのです。
山済みになった書類は燃え始めました。最初のうちは、まだ、小さな炎だったのです。次第に大きな炎になって、炎が空高く登り、書類は燃え盛るようになりました。書類の山の周囲にいた社員たちは次第に体が熱くなって後ずさりし、遠巻きになって燃え盛る書類を唖然として見ていました。
しばらくは黙っていたのですが、炎がバチバチという音と共に大きくなるに従い、次第に気持ちが高ぶってきて、興奮し、口々に叫び始めました。
「明日から仕事ができねぇぞ!」「常務っ、おまえは会社をつぶす気か!」「バカヤロー!」「死んじまえ!」 人間は火を見ると興奮するのです。
女子社員の中には泣きだす者もいました。つられてあちこちで泣く人が増えてきました。そして、泣き声も次第に大きくなりました。男の叫ぶ声と女の大きな泣き声とが入り混じって、異様な状況になりました。
燃えるものが燃え、次第に火が小さくなって行きました。火が小さくなるにしたがい、社員の興奮もしだいに覚めていきました。そして、火が鎮火して、社員の声が聞こえなくなると、常務は静かな口調で次のようなことを話しました。
「ここにあった書類の中には非常に重要な書類も混じっていたと思います。しかし、これらの書類は半年間使わなかったものです。したがって、少なくとも半年間は要らなかった書類です。これらの書類がなくても半年間は仕事ができたのです。皆さんも承知しているように、会社は現在、非常に苦しい状況にあります。赤字が続いています。」
「赤字の原因を調べたところ、皆さんがムダな仕事をし、ムダな人件費を多く使っていることが分かりました。しかし、人件費を削減するために社員の皆さんを解雇するわけにはいかないのです。」
「それで、これ以上ムダな仕事をしないように、ムダな書類を作らないように、皆さんに何度もお願いしました。ところが、いつまで経っても書類が減りません。そこで、このようなことをしました。どうしても分かって欲しいのです。ムダな書類を絶対に作らないでください。ムダな仕事を絶対にしないでください。利益を生み出すような仕事をしてください。お願いします。」
社員たちはこの話を聞きながら、自分たちが間違っていたんだということを悟りました。
中庭に運んだロッカーは数百本、燃やした書類は4トントラックで数十台になったということです。余分なロッカーは全て処分し、各部署ではその分広くなって仕事がしやすくなったということです。その後、社員たちは二度とムダな仕事をしないように、書類作成基準を作り、徹底しました。そして、ついに赤字を解消し、黒字に転換することができたのです。