麺類を製造販売する中小企業である。うどん、日本そば、ラーメンなどの生めんを製造販売しており、乾麺は扱っていない。組織は総務部(部長および経理担当1名)、製造部(主任技術者1名、主婦のアルバイト9名)、営業部6名で、従業員数は17名である。夏と冬では売上が大きく変動するので、主婦のアルバイトが製造を担当している。アルバイトとはいえ、全員、勤務歴は長い。営業部員6名は全員が商品の配達と集金を行っており、全体の管理は総務部長がおこなっている。
すでに業績が悪化していた会社を、十数年前に現社長が個人資金を投入して買収した。当初、建て直すつもりが業績は悪化の一途をたどっている。特にここ数年は落ち込みがひどい。社長は業績が悪い原因は従業員の能力がないためであると信じて疑わない。従業員を解雇しないという約束で買収したので解雇できないと言う。そこで、従業員が無能であることをはっきりさせて、製造技術を持った主任1名を除いて従業員全員を解雇し、新たに従業員を雇って1からやり直したいと言った。
そこで、現在、従業員にどのような教育を行っているのかを聞いてみた。すると、まったく行っていないと言う。総務部長と製造主任を除き全員が中卒で、教育しても無駄だと言う。従業員が無能であることを証明して欲しいというのが本音の依頼内容であった。そこで、従業員の能力と業績との関係を調べたいが、その前に、経営全体の診断をさせて欲しいと依頼した。ところが、社長は渋って、検討してから返事をするとのことであった。
数日後、診断を受けるとの回答を得たので、早速、従業員全員に対する簡単なアンケート調査と決算書等の経営資料を郵送してもらい、予備診断を行うことにした。アンケート調査は無記名で、回答は会社に渡さずに、各自が直接、コンサルタント宛に郵送するようにしてもらったが、応じてくれたものはたった一人だけであった。中卒の多くが文字を書くのを嫌うのは承知していたが、回答が一人だけとは予想していなかった。
また、決算書を見てすぐに粉飾していることに気がついた。中小企業のほとんどが粉飾していることは承知しているが、あまりにもひどいので、実態を表した数字が書かれたものをファックスするように依頼したが、「そんなものはないし、実態の数字は分からない」と言われた。受診を渋った原因はわかったが、実態がまったくわからないまま訪社して本診断に入ることになった。
まず、1日目は工場を視察して粉飾の証拠を確認したうえで、顧問会計士に電話し、実態を表した数字をファックスするように依頼した。そして、その場で正しい決算書を作成したうえで、実態がかなりひどい状態であることを社長と総務部長に説明した。すると、総務部長はその実態にあきれて、「操業するほど赤字が増えるのだから、すぐに操業を停止したほうがいい」と言った。仮に、今後毎年、利益率が5%出るとしても、黒字になるまで25年もかかるとも言った。総務部長は計算が速そうだ。
社長に、顧問会計士からはどのようなアドバイスがあるのかを聞いてみると、そのようなものはまったくないと言った。決算書を改ざんしているのは明らかに顧問会計士なので電話してその理由を問いただしてみた。すると、利益が出ていないと銀行が融資してくれないので数字を調整しているだけだと言った。この顧問会計士は、社長がこの会社を買収する以前からこの会社を担当している。20年以上かけて少しずつ改ざんしているので、数年の決算書を比較してもわからないようになっていた。
翌日は営業部員の車に同乗し、朝5時から夕方5時まで配達先のスーパーマーケットや食堂などを回って、配達を手伝いながら各小売店舗での販売状況を視察した。夕方、従業員全員から話をしたいと誘われたので、夕食を共にしながら一人ひとりからいろいろな問題点について話を聞いた。従業員は文字を書くのは嫌いだが話をするのは嫌いではないようだ。
私が同乗した車の営業部員が、私が各小売店の店長と話をしている間に、他の従業員と連絡を取り合って急きょ夕食会を決めたものらしい。この営業部員はなかなかのやり手である。夕食会では、事前に社長の許可を得た上で、私から経営の実態を話した。すると、従業員たちはどうしたら赤字をなくせるかについて自主的に話し合った。この日は夕食会を含め14時間労働になって疲れたが、有意義であった。総務部長といい、私が同乗した車の営業部員といい、また、夕食会で話し合った他の従業員といい、従業員は全員決して無能ではないと私は判断した。それどころか、非常に勤勉でまじめな人たちであることがわかった。
Ⓒ 開発&コンサルティング
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まず、最新の第14期の決算書を基に総合的な収益性を調べてみる。
総資本経常利益率=△27,512÷160,919(千円)=△17.1%
マイナスとなっているので、いうまでもなく悪い。ちなみに、中小企業庁の「中小企業の経営指標」によれば、めん類製造業の平均は7.8%である。
参考までに、売上高営業利益率=△22,073÷123,496(千円)=△17.9%(経営指標では5.4%)
この原因を調べてみる。
\ | 第11期 | 第12期 | 第13期 | 第14期 |
---|---|---|---|---|
売上高 | 160,639 | 152,078 | 128,762 | 123,496 |
売上原価 | 113,354 | 104,075 | 97,918 | 97,898 |
販売費・管理費 | 51,918 | 57,769 | 48,904 | 47,671 |
営業利益 | △4,633 | △9,766 | △18,060 | △22,073 |
上のグラフで見るように、売上高が年々落ち込んでいる一方、売上原価及び販売費・管理費はそれほどには減少していない。よって、営業利益が減少している原因の一つは、売上高が落ち込んでいるためであることがわかる。
さらに、販売数量と平均販売単価の推移を調べてみると、下記のように第12期から第13期にかけては、販売数量は22%増加しているものの、平均販売単価が29%も下落しており、急激な販売単価の下落が売上高の落ち込みを招いている原因であることがわかる。また、第13期から第14期にかけては、販売数量、販売単価ともに減少しており、さらに悪い状況となっている。
次に、第14期の売上高と原価との関係を調べてみる。
売上高対総原価比率=149,509÷123,496(千円)=121.1%
(「中小企業の原価指標」では87.2% *中小企業庁では支払利息・割引料を管理費としている。)
売上高対販売管理費比率=48,065÷123,496(千円)=38.9%
(「中小企業の経営指標」では27.4% *荷造包装費は販売費とする。)
であり、売上高営業利益率が悪いのは、売上高の落ち込みだけでなく、大幅な原価高となっていることも原因であることがわかる。
さらに、この原因を探るために、原価構成を調べてみる。
以上のように、当社の収益性が非常に悪い原因は、売上高の落ち込みに加えて、労務費(1.3倍)、電力・水道光熱費(1.6倍)、修繕費(3.6倍)、燃料費(2.6倍)、荷造包装費(3.3倍)、支払利息(3.4倍)、人件費(2.0倍)などの割合が同業他社に比較して非常に大きいためである。
次に、経営資本の運用効率を調べてみる。
経営資本回転率=売上高÷経営資本=123,496÷160,244(千円)=0.8回
となり、「中小企業の経営指標」では1.6回であるので、業界平均と比較して投下資本に対して売上が半分しかないということになる。
これは、固定資産回転率=売上高÷固定資産=123,496÷134,906(千円)=0.9回
(「経営指標」では2.7回)
であり、固定資産の利用度が業界平均の3分の1と非常に低いためである。
一方、受取勘定回転率=売上高÷売掛金=123,496÷14,991(千円)=8.2回
(「経営指標」では13.0回)
支払勘定回転率=材料仕入高÷買掛金=60,620÷32,564(千円)=1.9回
(「経営指標」では8.6回)
であり、受取勘定の回収速度に対して支払勘定の支払速度は非常に遅いので、本来ならば問題なく支払いが行われるはずであることがわかる。
さらに、原材料回転率=純売上高÷原材料=123,496÷1,491(千円)=82.8回
(「経営指標」では85.0回)で、原材料の在庫はほぼ業界平均である。
一方、製品回転率=431.8回(「経営指標」では84.7回)で、製品の在庫は非常に少ない(良い)ことがわかるが、同じめん類でも生めんを主体とした当社では当然のことである。
支払能力を調べてみる。
流動比率=流動資産÷流動負債=25,337÷136,024(千円)=18.6%
(130%以上必要で、「経営指標」では153.3%)
当座比率=(現金預金+売掛金)÷流動負債=18,261÷136,024(千円)=13.4%
(80%以上必要で、「経営指標」では117.7%)
また、固定長期適合率=固定資産÷(自己資本+固定負債)=134,906÷(-56,108+81,003)(千円)=541.9%
(75%以下が適正で、「経営指標」では84.9%)
となっており、短期の支払に対する財源はほとんどなく、支払能力が最悪の状態にあることがわかる。また、長期に固定される資産を短期の負債(借り入れ)でまかない、借り入れの返済のために新たな借り入れをすることを繰り返す、いわゆる自転車操業の典型的な形に陥っていることがわかる。非常に危険な状態と言わざるを得ない。
次に、第13期と第14期のB/Sの比較をし、資金の調達と運用の状況を調べてみる。
下記の資金運用表でわかるように、資金の流れは、短期借入金によって、固定資産を購入し、また、当期損失の穴埋めをしている。これによって、自転車操業に陥っている原因は、赤字が累積しているにもかかわらず、無計画な設備投資をしたことにあることがわかる。この傾向は第12期と第13期においても同様である。
付加価値高(加工高)=純売上高-材料費=123,496-60,001=63,495(千円)
付加価値率=付加価値高÷純売上高=63,495÷123,496=51.4%(「経営指標」では60.7%)
労働分配率=人件費÷付加価値高=(給与手当+賞与+法定福利費+厚生費+労務費)÷付加価値高=(24,069+3,146+4,768+1,619+16,039)÷63,495=77.4%(「経営指標」では37.0%)
となっており、付加価値率が低いにもかかわらず、労働分配率は非常に高くなっている。
なお、従業員一人当り月平均人件費=人件費÷平均従業員数÷12=49,641÷14.9÷12=277.6千円(「経営指標」では283.2千円)
また、従業員一人当り売上高=123,496÷14.9=8,288千円(「経営指標」では17,033千円)
従業員一人当り付加価値高=付加価値高÷平均従業員数=63,495÷14.9=4,261千円(「経営指標」では9,880千円)
と、労働生産性が業界平均の半分以下で、非常に悪い状況であることがわかる。
一方、従業員一人当り機械設備額(労働装備率)=(機械装置+車両運搬具+工具器具備品)÷平均従業員数=(102,194+14,037+4,107)÷14.9=8,076千円(「経営指標」では3,268千円)
機械(設備)投資効率=付加価値÷機械装備額=63,495÷120,338=0.53回(「経営指標」では6.6回)となっている。
このように、労働生産性だけでなく機械設備の生産性も非常に悪い状況になっている。
以上、財務分析を行った結果をまとめると、
経営者、管理者ともに不在同然で、経営管理機能がまったく働いていない。まるで脳死状態にある。早急に対処する必要がある。
建物や機械設備について10年ほど前より減価償却をしていない。これは違法行為というだけでなく、会社経営にとって重大な問題である。減価償却費はいろいろな役割を果たしているので、必ず計上すべきである。参考までにその役割を述べると、
減価償却費は費用として計上するが、実際には支出されないため、社内に留保されることになる。つまり、減価償却費は先取りした利益となる。当期利益と減価償却費をプラスしたものがキャッシュフロー(現金収入)であり、一般に、会社の本当の力を示す指標となる。
建物や機械設備は何年も使用すれば老朽化し使えなくなる。よって、買い替えのための資金として年々積み立てておく必要がある。もし、積み立てておかなければ買い替えの際に多額の資金が必要となり、その時点で会社経営は非常に苦しくなる。当社の場合、ほとんどの機械設備は老朽化が進み、故障も頻繁に起きているので、そろそろ買い替えが必要である。しかし、残念ながら積み立てていないので、今後さらに苦しい状況に置かれることを覚悟しなければならない。
機械設備が故障し、修繕が必要になったばあいに修繕費として引き当てておく。
費用として製品原価の構成要素となる。よって、売価を決定する際の目安の一部となる。
実際には利益が出ていないにもかかわらず、決算書をあたかも利益が出ているように改ざんし、銀行からの借り入れをしやすくするなど債権者をあざむくことは重大な犯罪である。よって、このことが発覚すれば、経営者だけでなく粉飾に荷担した会計士も罰を受けることになる。
たとえ、会社を救うためにそうしたとしてもそれは許されることではない。会社は株主の所有物ではなく、従業員、顧客、取引先、地域住民など多くの利害関係者によって支えられている社会的機関である。会社は法律によって人格を認められた法人で、法律上は人間と同じである。この点を十分承知しておかなければならない。
当社の累積赤字は、粉飾修正後の決算書上は約7千万円であるが、実際には減価償却費の未償却分がおよそ5千万円、負債の子会社への移し変え(いわゆる飛ばし)が5千万円、計上されていない社長個人による資金投入が約8千万円あり、合計で約2億5千万円の累積赤字となっている。
数年前より赤字が累積しているにもかかわらず、その解消に努力することもなく、無計画な借り入れによる設備投資を続けるなど成り行き任せの経営を行い、さらに、こともあろうに粉飾決算を続け、今日のような危機的状況に陥らしめたことは、経営者としてあるまじき行為である。
むしろ、銀行からの借り入れができなければ、これほどの危機的状況には陥らなかったであろうと悔やまれる。経営の実態を無視し、社長個人の担保能力を基に、無計画な融資を行っている大手都市銀行の姿勢はもとより、経営管理能力が欠けているにもかかわらず、従業員の意見を聞こうともせず、一人よがりの経営を続けた経営者の姿勢が会社を危機的状況に至らしめた原因である。
当社にとって勤勉な従業員は宝である。これからの会社再建も、その後の発展成長も、勤勉な従業員なくしては絶対に不可能である。この点をふまえ、経営者は従業員に対し、今日の状況にいたらしめてしまったことを謝罪し、再建に協力してもらえるよう懇願する必要があろう。
幸いにも、工業高校出身で数字に強いというご子息を経営に参加させたいとのご意向であるので、できるだけ早く社長職をご子息に譲り、現社長は今後営業の強化にご尽力され、名誉挽回を図ることを期待したい。
わずか2日の本調査で、しかも管理資料がまったくない状況での経営診断であったが、重要なポイントは捉えられたのではないかと思う。なお、今後の再建活動のお手伝いができれば幸いである。
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